明治ホールディングス株式会社 コーポレートコミュニケーション部長
山下 舞子
2001年、旧明治製菓に入社。菓子開発研究所や商品開発部にてチョコレート商品全般の開発に従事。品質からパッケージデザインに至るまで幅広いディレクションを手掛けた。2019年4月にはサステナビリティ推進部に異動、持続可能性という観点での新たな価値創造に取り組んだ。2024年4月より現職。
株式会社電通 5CRP クリエーティブ・ディレクター
橋本 晋明
電通入社以来、映像を中心とした企画・クリエイティブ・ディレクションを担当。 BtoCからBtoB、商品広告から企業広告まで、業界・領域を問わず数多くの映像制作を手がける。 映像職人としての経験を積み重ね、現在はコミュニケーション全体のディレクションまで領域を 拡張。映像を軸に、課題に応じて最適なコミュニケーションを形にすることを大切にしている。
株式会社電通 17BP シニア・アカウントリード/コミュニケーション デザイナー
佐藤 敬介
電通入社以来、1.5列目と呼ばれている営業職とスタッフ職の中間ゾーンに生息。日常商品からBtoB企業まで業界・領域を問わず、広義のプロモーション設計を行う。コンセプト開発、商品開発、コミュニケーション設計から、CM・グラフィック・WEB・ラジオCM・MV制作、イベント企画、キャンペーン企画、PR設計、商品開発など。手段は、常にニュートラルで「“機能する”企画」をモットーに活動しております。
明治グループは今年で110周年を迎えます。創業の精神として掲げているのが「栄養報国」です。
栄養で国に報いる――。少し昔の言葉ですが、今の言葉で言えば、栄養を通じて社会に貢献していくということだと思っています。
SDGsという考え方がなかった時代から、明治グループは事業を通じて社会に貢献することを大切にしてきました。その考え方は今も変わらず、企業活動の根底にあるものです。
幅広い事業を支える「自然の恵み」
明治グループは、乳製品やチョコレート、栄養系商品、医薬品など、幅広い事業を展開しています。
ヨーグルトや牛乳、チーズ、アイスクリーム、チョコレートなど、皆さんも一度は口にしたことがある商品が多いのではないでしょうか。また、医薬品についても感染症領域で高いシェアを持っています。
こうした事業は、いずれも豊かな自然の恵みの上に成り立っています。そのため、事業を継続していくには自然環境そのものが持続可能でなければなりません。
明治グループでは、自然の恵みを受けながら事業を行う企業として、持続可能な社会の実現に向けた取り組みを事業活動の根幹に据えています。
人だけでなく、社会や地球の健康を目指す
明治グループは2021年から、「健康にアイデアを。」というスローガンを掲げています。
「健康」と聞くと、多くの方は人の身体が病気ではない状態を思い浮かべると思います。もちろん、お客様や患者様など、私たちが直接関わる方々の健康は大切です。
一方で、私たちの事業は原材料の恵みの上に成り立っています。その原材料を生み出してくださる生産者の方々、原材料を提供してくれる動物たち、生産を支える地域社会、そしてその恵みをもたらす自然や地球。そうしたすべてが健康であることが、私たちの考える「健康」です。
人だけではなく、社会や地球も含めて健やかな状態であること。その実現を通じて、よりよい未来を目指していきたいと考えています。
企業の姿勢を伝えるために
具体的な取り組みの一つが、チョコレートの原材料であるカカオの生産農家や周辺地域を支援する「メイジ・カカオ・サポート」です。2006年から活動を続けており、現在は中南米やアフリカのガーナ、東南アジアなど、9つのカカオ原産国で展開しています。
カカオ生産地を取り巻く環境は国や地域によってさまざまです。そこで私たちは、社員が実際に現地へ足を運び、生産者の方々とフェイス・トゥ・フェイスでコミュニケーションを取りながら、それぞれの地域に合った支援活動を行っています。
活動の柱は大きく二つあります。一つは、カカオの生産技術向上に向けた技術支援です。もう一つは、生産者の方々が安定した生活を送れるよう、井戸や学校備品の提供などを行う生活支援です。
私たちは、カカオという自然の恵みをいただいて事業を展開している以上、それを育てる農家の皆さんや地域社会への貢献も含めて、おいしいチョコレートづくりだと考えています。
もちろん、すべての事業でここまでの取り組みができているわけではありません。しかし、人だけでなく、社会や地球も含めて健康であり続けることを目指すという考え方は、明治グループ全体に共通するものです。
こうした企業としての姿勢や考え方を伝えたい。その思いから、コーポレートCMの制作に取り組みました。
制作ストーリー:「伝える」から「伝わる」へ
山下さんから熱いオリエンをいただき、「健康にアイデアを。」というスローガンは知っていましたが、「健康」が人だけでなく、社会や地球まで含めた考え方であることは知りませんでした。さらに、それを体現するさまざまな活動についても伺い、カカオや生乳、医薬といった事業の話を聞いて、「これは素晴らしいファクトだな」と感じました。
そこで当初は、そのファクトをしっかり伝える企画を考えました。人の健康、社会の健康、地球の健康という考え方に、それぞれ具体的な活動を紐づけて紹介していく。人の健康にはカカオ研究、社会の健康にはカカオ農家支援、地球の健康にはカカオの殻のアップサイクルといった形で、一つひとつ丁寧に説明していくテレビCMです。
ただ、その提案に対して山下さんからいただいたフィードバックは、「これでは伝わらないのではないか」というものでした。
活動内容を並べるだけでは、その素晴らしさは十分に伝わらない。なぜ明治がその活動をしているのか、その背景にある課題意識まで伝わらなければ意味がないのではないか――。そこから「課題意識」が企画のキーワードになっていきました。
企業が取り組みを紹介するだけでは、自慢話に見えてしまうかもしれない。そうではなく、明治がどんな危機感を持ち、どんな覚悟で活動を続けているのか。その姿勢が伝わることが企業広告として重要なのではないかという話になりました。
そこで生まれたのが、「チョコレートが消えるCM」というアイデアです。
CMは、「私たちはいつまでチョコレートをつくり続けられるだろう」という問いから始まります。明治のCMからチョコレートが消える。自社の代表的な商品がなくなる未来をあえて描くことで、企業としての強い危機意識や覚悟を表現しようと考えました。
さらに、気候変動による環境変化や、生産者を取り巻く厳しい現実にも目を向けました。都合のよい話だけを語るのではなく、企業自身も課題と向き合いながら、誠実に未来を語る。その方向へと企画は大きく舵を切っていきました。
振り返ると、大きな分岐点は「どう伝えるか」ではなく、「どうすれば伝わるか」を考えたことだったと思います。
実際に消費者の方からは、「危機を発信している企業姿勢が良い」「環境や酪農の問題まで提起していて、自分たちも考えなければと思った」といった声が寄せられました。伝えたかった課題意識や覚悟が、少しずつ伝わっていったのではないかと感じています。
私が「ピンとこない」と言ったかどうかは覚えていないのですが(笑)、商品広告は長く担当してきたものの、15秒や30秒で企業の考え方を伝える企業広告に真正面から向き合うのは初めてでした。だからこそ悩みながらのフィードバックだったと思います。
企業広告は「この商品を買ってください」という広告ではありません。企業として何を大切にしているのか、何を目指しているのかを感じてもらう必要があります。
そう考えたときに、明治が取り組んでいる良い活動を並べるだけでは、「それで?」と思われてしまうのではないかという感覚がありました。素晴らしい企画だったのですが、そのまま見終わってしまうような気がしたんです。
なぜ私たちはこの広告をつくるのか。なぜその活動をしているのか。その意味を伝えなければいけないと思いました。
私たちは事業を持続可能なものにしたいと考えています。企業が利益だけを享受し続けるのは違うのではないか。持続可能であるためには、その基盤となる自然や生産者の皆さんにしっかり向き合わなければならないと思っています。
メイジ・カカオ・サポートも、その考え方から生まれた取り組みです。だからこそ、活動そのものだけではなく、その背景にある課題や問題意識も伝えなければ、この取り組みを通じて目指したい未来は見えてこないと考えました。
「チョコレートを消しましょう」という提案を受けたときは、正直どうしようかなと思いました(笑)。明治のCMで、チョコレートが消えるなんてこれまでなかったと思います。
ただ、そのくらい踏み込んでもいいのではないかとも感じました。私たち自身も、そしてチョコレートを食べてくださる皆さんにも、「当たり前にあるものではない」ということに気づいてもらう。そのことが未来を一緒に考えるきっかけになるのではないかと思い、チョコレートを消すことにしました。
制作ストーリー:現地で見た“本物”を届ける
明治さんがこれだけの覚悟を持って決断したのだから、私たちもその思いをグラフィックやムービーとしてしっかり定着させなければいけないと思いました。
現場はやはりガーナだろうと。過去の記録映像を使うこともできるし、AIやCGで表現する方法もあります。でも、それではなく、実際に行くしかないだろうという結論になりました。
私は長年チョコレートの商品開発に携わってきましたが、実はガーナを訪れたことはありませんでした。明治としても、ガーナで本格的な撮影を行うのは初めてのことでしたが、この流れなら行くしかないということで、皆さんと一緒に現地へ向かいました。
現地では、森林伐採の影響で大きな水たまりになっている場所も多く見ました。一方で、ガーナの方々の笑顔や輝くような目、色鮮やかな服装に触れると、決して暗い話ばかりではなく、実際に行ってみなければ分からない生き生きとした暮らしがそこにありました。
カカオ農園のある村を訪れると、撮影のためにたくさんのカカオの実を集めて待っていてくださっていました。
チョコレートの原料となるカカオの実は、南国のフルーツのようなもので、パッションフルーツにも似た爽やかな味がします。しかし、そこからチョコレートになるまでには長い工程があります。
村の方々はナタで実を割り、中の果肉に包まれた種を取り出していきます。殻は外に捨て、種だけを籠に集める。その種をバナナの葉の上に広げ、さらに葉をかぶせて自然発酵させます。チョコレートは発酵食品でもあるんです。その後、天日干しを経て、ようやくカカオ豆になります。
こうして現地でつくられたカカオ豆が日本やヨーロッパへ運ばれ、チョコレートになっていきます。
撮影した映像の中には、長年「メイジ・カカオ・サポート」を担ってきた土居という社員も登場しています。彼は現地でリーダー的な役割も担いながら、地域に根ざした活動を続けています。
また、カカオの収穫風景を撮影した翌日には、小学校で子どもたちにチョコレートづくりを体験してもらいました。これも日頃から行っている活動の一つです。ガーナでは、自分たちが育てたカカオがどのような商品になるのか知らない子どもたちも少なくありません。だからこそ、その先にある世界を知ってもらうことが大切だと考えています。
子どもたちは実際にチョコレートづくりを体験し、完成したチョコレートをみんなで味わいました。とても素敵な笑顔が印象的でした。
チョコレートづくりの様子は写真撮影も行い、コーポレート広告ローンチ日に掲載したグラフィック広告になりました。
今回の分岐点の一つは、ファクトが持つ「本物の迫力」を届けることに妥協しなかったことだと思います。
古い映像を使う、補正する、AIを活用するなど、さまざまな選択肢はありました。しかし、本気で取り組んでいる活動を伝えるためには、手間や困難を惜しまず最善の方法を選ぶことが重要でした。
AIで映像や画像がつくれる時代だからこそ、現地で見た笑顔や暮らしの息づかいには特別な力があったと思います。
実際に消費者の方からは、「文字がなくても伝わる」「シンプルで分かりやすい」「取り組みの内容がよく伝わる」「企業の努力が感じられる」といった声をいただきました。多くを語らなくても、映像や写真そのものが伝えてくれたのだと思います。
率直に語り合える環境が作品を磨く
また、制作を振り返ると、率直に意見を言い合えるチームづくりも大きな要素でした。
コーポレート広告では自社の取り組みを扱うため、どうしても独りよがりになったり、制作側も忖度してしまったりすることがあります。その中で、「これは違うのではないか」「もっとこうしたほうが伝わるのではないか」といった小さな気づきも含めて、フラットに議論できる環境がありました。
共通していたのは、「伝わる広告をつくる」という目標です。
チームの人数が増えるほど、当初の熱量は薄れていきがちです。しかし、リーダーが持つ本気や覚悟が、ガーナへ行くという決断や、何を撮るのか、どこまで表現するのかといった議論に表れ、その姿勢がチーム全体にも伝わっていきました。
真摯に向き合い、真摯に語り合う。その積み重ねが今回の制作を支えたのだと思います。
消費者の方からも、「企業理念を説明するだけでなく、生産者や自然資源にまで目を向けていることが伝わった」という声をいただきました。
私たちが本当に届けたかったことが、少しでも伝わったのではないかと感じています。