株式会社電通 新聞局ソリューション戦略部 シニアプロデューサー
小安 雄一
2005年入社
2005年-2008年:営業金融機関担当
2008年-2015年:新聞局デジタルビジネス開発部
デジタル/新規事業開発担当
2016年-2020年:新聞局中央部読売、産経、専門紙を担当
2020年-2023年:新聞局(関西)にてクライアント担当/新聞社担当
2024年-:新聞局ソリューション戦略部 シニアプロデューサー・AIマスター(現職)
新聞の役割は、認知でもコンバージョンでもなく、ブランドと生活者や社会を「意味」でつなげること。
そのことによって、熱量と永続性が高いトライブを作っていくメディアです。AI時代こそ、「意味」が重要な要素になると考えています。
情報爆発とAI時代の突入
電子情報学会が出している過去から現在までの情報量です。世界の情報量は年々増加し、近年では「ゼタバイト(ZB)」という単位で語られるほどになりました。1ZBは世界中の砂浜の砂の数と言われています。情報があふれるこの時代において、発信がいかに埋もれやすいかを示す象徴的な数字と言えます。
かつては情報そのものに価値があり、広告も有益な情報源のひとつでした。「目を引くアテンション」や「強制的に見せるインパクト」が重視されていた時代です。
しかし2005年以降、情報は一気にあふれ、広告は“スルーされるもの”へと変化しました。いかに見てもらうか、どうすれば伝わるかが問われるようになり、興味や共感を生むコミュニケーションが重要視されるようになっています。
2025年以降は「AI時代」ともいわれています。
佐藤尚之氏の著書『AIに選ばれ、ファンに愛される』では、その変化を「世界一賢い生活者の誕生」と表現しています。AIを味方につけた生活者は、企業からの一方的な情報をそのまま受け取るのではなく、「エージェント」と呼ばれるAIを介して情報を選別・取得するようになるとされています。これによる「企業コミュニケーションの変化」を大きく二つ紹介します。
アテンションが溶ける時代
生成AIによって情報・広告が無限に生成可能となり、生活者は1日広告の雨を浴びます。その結果、企業からの一方的な情報は、もはや認識されにくくなります。
広告が商品選択の根拠にならない時代
AIがエージェント化して「購買意思決定」に関与すると、「認知」も「理解」もなく、AIに推奨されたから購買する生活者が誕生する。ファネル構造の破綻を意味します。
アドテック東京2025で語られたマーケティングの課題について、電通の整理では大きく4つのポイントが挙げられています。
・広告が「ノイズ」として嫌われ、かつてよりも届きづらい状態
・ブランドとHOWが分断され、ただ買わせるだけの顧客体験が急増
・企業が「語りたい価値」と受け取る生活者の「感じている価値」に大きな乖離
・長期的なブランド構築が損なわれ、短期的な解決策に追いやられてしまっている
よく言われる「パワポの中だけのブランド」。この傾向はAIの進化によってさらに加速すると考えられます。一見、厳しい状況にも見えますが、情報量の増加やAIの進展によって環境が大きく変化する今だからこそ、新聞が寄与できる領域も見えてきます。さまざまな調査やAIを活用した取り組みをもとに、新たな仮説を紐解いていきます。
新聞の役割に関する新仮説
2026年、電通はAIによる因果推論を活用した探索的なトライアルを実施しました。新聞の特徴的な価値について、AIを用いて分析した結果を3月31日にリリースをいたしました。その結果の一部を抜粋して紹介します。
電通では電通総研が提供するAIによる因果推論サービス「CALC」を使い、新聞の価値を可視化するプロジェクトを進めています。通常の相関分析では明らかにならない因果関係を特定できるAIです。疑似相関を極力排除し、直接的な影響がある因子を捉える仕組みです。
この手法を用い、全国47都道府県・約3万人を対象とした「全国メディアプロフィールサーベイ(MPS調査)」のデータから、メディア接触における因果関係を検証しました。
「新聞が日常生活に欠かせない」という設問には次の3つが得られました。
・「新聞が日常生活に欠かせない」には、健康や安全に関する情報収集がある。
・日常生活に欠かせない結果として、深い理解や能動的な情報収集、成長につながる。
・新聞を購読した後の行動として、もっと知りたい情報を取りに行く姿勢につながっている。
これを踏まえ、ファインディングスは3つ。
1.メディア間比較で明らかになった新聞の価値。
新聞の価値は「社会課題への企業の取り組みが分かる」「親しみ」「拡散・発信」への寄与。
この3つのことが10媒体中、最も高いスコアになりました。
2.「拡散・発信」意向の背景にある因果関係が明らかになりました。
新聞とテレビを比較すると、テレビは「商品・サービス・ブランド」に対する「購入意向」が背景にあり、新聞は「社会課題への企業の取り組みがわかる」が背景にあります。
3.新聞広告の価値の中心には、「安心」「企業に対する信頼」が見て取れました。
企業の社会的取り組みが理解できるという評価につながりやすいことがポイントです。
インプレッションが飽和し、ブランドが埋もれやすい今、生活者とブランド/サービスを「意味」でつなぐ重要性が高まっています。
新聞は、生活者とブランド/サービスを「意味」でつなぎ、ブランドの存在感を“根雪”のように積み上げていく存在ではないかと考えます。
これがなければ、アテンションの波に埋もれ、忘れられてしまう——私たちはそのような仮説を立てました。
私たちは新聞の価値を「ANCHORメディア」と位置づけました。アンカー(錨)になぞらえ、Authority(信頼)、Narrative(理解)、Connection(社会との接続)、Honesty(誠実さ)、Occasion(接触の文脈)、Resonance(共鳴)という6つの価値を定義しています。新聞は、ブランドと生活者・社会を「意味」でつなぎ、定着させる“錨”のような存在である——その仮説のもと調査を実施しました。
2026年1月、新聞閲読者、非閲読者、8,250サンプルからの調査結果の速報です。
6つの頭文字に対して、それぞれ質問項目を設けました。
想定以上にわかりやすい結果となりました。新聞は、紙・電子版・無料/有料ウェブいずれも高いスコアを示しています。「信頼性メディア」という従来の評価にとどまらず、他の指標でも強みが見られました。新聞の価値と“アンカーメディア”という仮説を、さらに掘り下げていきます。
3年前、弊社は「統合諸表」という考え方をリリースしました。企業の価値を財務だけでなく、社員・社会・環境といった非財務も含めて捉えるフレームワークです。今回の議論はこの考え方に非常に近いものだと言えます。
左上が財務諸表で、いわば「KPIは売上」のゾーンです。ANCHOR指標は売上に直結する指標ではありませんが、非財務諸表といわれる「環境」「社会」「社員」の3つの領域に対して、ANCHOR項目はインパクトがあるのではと考えます。つまり特に非財務諸表において新聞は影響力を持たせることができるメディアでは、と考えてます。
2027年度以降、非財務情報の開示は大規模な上場企業から段階的に義務化されていきます。これに伴い、企業のコミュニケーションやマーケティング手法も、それに即した形へとアップデートされていくと考えられます。
新聞の価値は、売上への貢献に加え、「意味の付加による社会文脈の形成」にあると考えられます。売上に寄与しないということではなく、売上以外の価値への貢献が、他媒体と比べて大きいと言えます。
新聞効果をブーストさせるファクター解説
新聞の効果を表現する、ブーストする要素を4つに集約しました。
1.広告が邪魔にならずにコンテンツとして扱われる新聞
これは新聞の紙面ビューアーのキャプチャーで、広告部分がグレーアウトされた「マスキング」の状態です。各紙の電子版が創刊された当初(2010年頃)は、多くの電子版で広告がこのように表示されていました。現在ではほとんどの新聞電子版で広告が表示されるようになっていますが、その背景には「広告も見たい」という読者からの声がありました。広告も新聞のコンテンツの一部として捉えられている点は、新聞ならではの大きな価値といえるでしょう。
2.ファネルの外にいる未顧客にヒットする新聞
ファネルはアカウンタビリティが高く、成果につながりやすい手法とされています。一方で、2025年発刊の『未顧客理解』(芹澤連著/日経BP)は、ファネルの外にいる無関心層を「未顧客」と定義し、従来とは異なる力学で動く大きな市場として捉えています。
例えば、「WEBで商品を買ったことがない」「うちのシャンプーのブランドは決まっている」「友人に勧められて買った」こんなところが未顧客かなと思います。
著者の主張を整理すると、
・市場の多くは「買わない人」で占められている。パレートの法則に裏付けられた従来のマーケティングは限界が来ている。未顧客層は見落とされがちだが、持続的成長の鍵となる大きな潜在市場である。
・未顧客理解にはジレンマがある。未顧客、特に無関心層はブランドや製品に対してポジティブな評価だけでなく、ネガティブな反応もしない。そもそも興味を持っていないので、購買時にブランドを想起しない。
・カテゴリーエントリーポイント(CEP)という考え方を提唱。ジレンマを乗り越えるためには、「人」ではなく「文脈」にターゲティングすることが重要である。
つまり「生活に根差した文脈」の中でカテゴリーを想起させるポイントをたくさん作ることが重要だということです。
カテゴリーエントリーポイントを取るために新聞が寄与できる領域のキーワードを3つ挙げます。
習慣性
習慣性は、朝起きて新聞を読む毎日の生活という文脈で物理的、心理的に結びつくことで、購買のきっかけとなる記憶を植え付けることができる。
偶然性
偶然性は、新聞が持つ一覧性によって、店頭で見かけた商品に新聞で出会う偶然性を持った体験を得ることが可能である。
信頼性
そういった無関心層の心理的ハードルを乗り越えるため「○○新聞が紹介している」という信頼性のもと商品を受け入れやすくなる。
こうしたことからも、新聞が効果を発揮する領域は、ファネル論の外にも存在するのではと考えます。
3.コミュニティ×モーメントで話題になる新聞
新聞の効果を定義するにあたり、コミュニティとモーメントという2つのキーワードの掛け合わせが重要だと考えます。コミュニティは空間軸であり、生活者が共有するコミュニティにとって大事な価値観を意識してデリバリー方法を検討する手法。モーメントは時間軸であり、世の中的なイベントやタイミングを意識して生活者にとって共通の価値になるような文脈を設計する考え方です。
意識や生活スタイルが細かく分断され、マスがなくなっているという令和の生活者に対しては、コミュニティやモーメントを生かして共通項を活性化させるようなコミュニケーションを設計することで、自然な話題化を誘発できるのではないかと考えます。話題になった新聞広告事例の多くはコミュニティ性やモーメント性を喚起する起点になっていることに注目しております。
4.ローカル/SMB(中小企業スモールビジネス)に効く新聞
LINE Yahoo!のレポートから「日本は2つの国からできている!?東京とローカルの特徴的デモグラ」の紹介です。東京にいると在宅勤務は普及していると思われがちですが、週1回1日以上在宅勤務をする人の割合は東京35%、全国平均は18%、愛知、大阪も15%にとどまっています。車を運転する人は、関東圏・関西圏では低く、その他のエリアは車社会で、車の中でのラジオ接触が高いです。生成AIの利用は、2月にパーソル総研から紹介されたデータでは、東京は41.4%で突出し、福井、新潟、高知は20%未満。2倍以上の差が見られます。
マーケターの半数以上は1都3県に在住しており、私自身も含め、東京の特異性を意識しづらい状況にあります。自戒も込めて、客観的なデータを踏まえながら、マーケティングを捉え直していく必要があると考えています。
太陽光発電事業者キャンペーン
群馬県で太陽光発電用の土地を持つ生活者を探す課題に対し、県と広告主による対談記事と純広告を組み合わせ、シンプルで分かりやすいキャンペーンを実施しました。その結果、想定を上回るコールセンターへの問い合わせが発生。ローカルや中小事業者に向けたコミュニケーションと、それを踏まえたマーケティングの重要性を示す事例となりました。
東京とは力学が異なり、AI時代こそ、この点を意識してコミュニケーション設計することが大切です。
今回紹介した4つのファクターを意識し、新聞メディア価値を最大化させながら効果的に活用することで企業のメッセージが届きづらい層にもアプローチすることが可能になるのではと考えております。