株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 マーケティング戦略コンサルティング部
森田 光一
「テレビからの脱却」というフレーズを聞かない日はない。この10年来、デジタルシフトの必要性は繰り返し叫ばれ、様々な分析や施策の試行が為されてきた。それにもかかわらず、多くの広告主が依然としてテレビCMを軸に据えたメディアプランを組み続けている。背景には、「やはりテレビCMは広告認知率が高く、他媒体では同じリーチを稼げない」という、実務上の根強い実感がある。
しかし、その前提そのものが、崩れつつある。本稿では、NRIが継続実施しているシングルソース調査のデータをもとに、テレビCMの認知率がもはや「優位性」と呼べる水準を維持できなくなっている現実を直視し、テレビ脱却を急務として進めるための実務的な論点を整理する。
テレビCM認知率の長期低下が示すもの
NRI Insight Signal調査の長期データを見ると、テレビCMの認知率は緩やかかつ確実に下降傾向にある(図1)。
2011年に42.0%であった水準は、スマートフォンの普及とともに低下を続け、コロナ禍の巣ごもり需要で一時的に反発したものの、その後は再び下降基調に転じ、直近では27.3%まで低下している。
もちろん広告主の中には、テレビCMへの出稿を年々抑制してきた企業もある。それでも、同じGRPを投下しても以前ほど認知が積み上がらない、という実感を持つ担当者は少なくないだろう。テレビ視聴時間そのものが減り、“ながら視聴”が当たり前になった現在、テレビCMを中心に据えたプロモーションは、構造的に費用対効果が下がり続けていると考えるのが妥当である。「それでも認知が取れるのはテレビだから」の限界を迎えており、年々投資対効果が下がっていくことがほぼ確実となっている。
図1
シミュレーションが示すメディア配分の現実
では、テレビからどの出稿先へ予算をシフトすべきか。NRIではシングルソースデータをもとに、ターゲット・KPI・予算規模を変数とした最適メディア配分のシミュレーションを行っている。図2はその結果の一例である。
ブランド認知をKPIとする場合、出稿予算が5,000万円規模までであれば、テレビCMを使わずデジタル中心の配分のほうが効率的なケースが見られる。さらに購入意向をKPIとする場合は、1.5億円規模までデジタル優勢の配分が最適解となる事例も確認されている。OOH(屋外広告)をうまく組み合わせることで、テレビ非出稿でも十分なリーチと態度変容を実現できるパターンも増えている。
もちろんすべての商材・ターゲットでテレビ不要となるわけではないが、「一定規模以上の予算がなければテレビCMはむしろ非効率」というのは、現場感覚と照らしても重要な示唆である。ターゲットが若年層やデジタル接触時間の長い層に偏る場合、テレビへの大型投下は機会損失を生んでいる可能性を直視すべきだろう。
図2
デジタル広告の「広告認知率」という見落とされがちな課題
ではデジタル広告中心に切り替えればそれでよいかと言えば、話はそう単純ではない。
NRIが2024年に実施した175事例の分析では、テレビ広告の平均認知率に対し、デジタル広告(YouTube等の動画広告、SNS広告、バナー広告を含む)の認知率は12.1ポイント低いという結果が出ている。出稿量自体に差はあるものの、デジタル広告で認知率が獲得できていない現状がわかる(図3)。
デジタル広告はターゲティング精度やコンバージョン計測の正確さで優位性を持つ一方、「広告として認識・記憶されにくい」という構造的な弱点を抱えている。デジタルシフト(正確には「テレビ脱却」)を進めることは正しい方向だが、認知率の低さから目をそらすことはできない。
ここで重要になるのが、他社の成功事例の研究と、自社広告における「勝ちパターン」の把握である。同じデジタル広告でも、どのフォーマット・配信面・クリエイティブで認知が積み上がりやすいのか、逆にどの組み合わせでは記憶に残らないのか──この法則性を地道に蓄積していく必要がある。残念ながら生活者の知覚や態度変容に向けた認知系施策において、デジタル広告の成功例はまだ多くない。多くないが、先述の通り、デジタル施策の勝ちパターンの模索をできるだけ早く開始する必要がある。
また実務上の落とし穴として強調しておきたいのが、「テレビCMと同一素材をデジタルに転用するべきではない」という点だ。テレビCMの15秒・30秒はあくまでテレビ放映枠に最適化された表現であり、スマホの縦画面やSNSフィードでスクロールされる環境では、本来のデジタル広告のパフォーマンスを発揮しきれない。さらに同一素材で出稿すると、効果計測上、テレビとデジタルのどちらが効いたのかを切り分けることも困難になる。プロモーション全体のトーン&マナーは共通化しつつも、素材は基本的にデジタル専用で制作するという原則を持つべきである。
図3
段階的なデジタルシフトとPDCA
以上のとおり、デジタル中心の最適配分は商材・ターゲットによって異なり、しかも勝ちパターンは試行錯誤で見つけていくしかない。だからこそ、一気にデジタルへ全面シフトするのではなく、探索的・段階的に進めることが現実解となる(図4)。
具体的には、①現在出稿しているテレビCMのうち、提供番組(タイム)枠分のみをデジタルに置き換える、②全国出稿のうち特定エリアだけを置き換える、③複数商材のうち特定商材のみを置き換える──といった分割アプローチが有効である。こうすることで、置き換え前後の広告認知率や態度変容指標、売上データの変化を比較しやすくなり、デジタルシフトの効果を客観的に検証できる。
ここで検証項目として欠かせないのが、売上データや態度変容指標に加えた「広告認知率」である。広告認知率はかつての効果測定における中心指標であり、近年では行動データやROAS重視の流れの中でやや軽視される傾向にあった。しかし、メディアが多数増え、デジタル広告のメニューや出面が細分化された今、各施策が本当に生活者の記憶に残っているのかを確認することの重要性が、改めて高まっている。
図4
メディア横断の比較にはOTS調査が鍵となる
広告認知率を測る方法には、アスキング(記憶ベース調査)、機械式の視聴ログ、そしてOTS調査(Opportunity to See:広告を見る機会があったかの行動調査)の組み合わせなど複数の選択肢がある(図5)。
従来主流のアスキングのみの調査は手軽で媒体横断比較も可能だが、記憶バイアスによる誤認回答を含み、接触回数の把握も不正確になりやすい。一方、機械式視聴ログのみでは「画面に出た」と「実際に見た」のズレが残り、メディア横断の分析も難しい。これに対し、広告認知とOTSを組み合わせる調査は、誤認回答を一定排除しつつ、メディア横断での比較も可能になるという強みがある。NRIとしては、デジタルシフト時代のメディア横断PDCAには、このOTSを基本とした調査設計を推奨している。
図5
おわりに
テレビ中心のプロモーションからの脱却は、単なる予算配分の組み替えではなく、効果検証の枠組みそのものを再設計する取り組みである。最適配分シミュレーションで方向性を描き、段階的な置き換えで仮説を検証し、広告認知率を含む複数指標でPDCAを回す。そして、その判断を支えるのが、メディア横断で公平に比較できるPDCAスキームである。デジタル広告はテレビCMほどは広告認知率が取りづらいものの、「広告」である以上広く認知され、伝えたいことを生活者に告げてもらう必要がある。これまでのテレビCMでそうだったように、プロモーション出稿後、周囲から「広告見たよ。わかりやすかったなあ。ついつい買いたくなったよ」「わたしはわかりづらかったなあ。もっとこんなことを言えばいいのに」そんな会話が戻ってくるように、記憶に残るプロモーションの勝ちパターンを見つけていきたい。