株式会社野村総合研究所 マーケティング戦略コンサルティング部 エキスパートコンサルタント
中田 壮星
消費者のテレビ視聴時間が減り、広告のデジタルシフトが注目され始めてから久しい。しかしながら、弊社が広告主の皆様をご支援する中で議論をしていても、明確な手ごたえを得てデジタルシフトを進められているという声は必ずしも多くない。デジタル広告を成功させるには、何が必要なのだろうか。弊社が実施する広告効果測定調査(年間100近くの事例)から考えると、過去の出稿事例を含めて消費者意識を調査することが成功するためのポイントではないかと考える。この点について、これまでの弊社支援事例を踏まえながら解説していく。
ますます進むデジタル広告の活用
近年、デジタル広告の普及は進み、既にマス広告を大きく上回る規模に成長を遂げている。日本におけるデジタル広告の市場規模は、2019年にテレビを逆転、2021年にはこれに新聞・雑誌・ラジオも加えたマスコミ4媒体をも逆転し、2025年には広告費が5兆円を突破した。また、2025年の日本の総広告費は8兆623億円で、インターネット広告が日本の総広告費の約半分を占めるという状況になっている。
【図1】日本の媒体別広告費の推移
デジタル広告(動画広告だけではなくバナー広告も)にも「認知・意向」醸成が期待される
マーケティングファネルとコミュニケーションの対応は諸説あるが、テレビCMで認知・意向の醸成をして、デジタル広告で刈り取り(購入・契約の促進)をするという役割分担が一般的であった。しかし、昨今、テレビCMのパワーが低下する中、デジタル広告にも認知・意向の醸成も求めらるようになってきている。図2の広告認知者当たりの効果を見ると、デジタル広告は、認知さえされれば、十分意向醸成に寄与する力があるといえる。また、バナー・動画広告の両者で、認知者あたりの効果は同程度であることもわかる。さらに、弊社調査事例を見ると、動画広告・バナー広告ともに1000万imp程度の出稿で10数%の認知を取れるケースもあった。これらのことから、意向醸成において、デジタル広告も選択肢の一つになるといえるだろう。
【図2】広告の効果(広告認知者のKPIリフトー広告非認知者のKPIリフト)
デジタル広告のログベースでの最適化による弊害
デジタル広告は、元来、広告に触れた際の行動をログで追いかけることができ、それを機械学習で最適化することで、刈り取り効率を高められるという大きな魅力がある。そのため、ログで追いかけることができるクリックやCV(申込等)が評価指標として用いられることが多い。一方、クリックやCV(申込等)をもとに自動最適化してしまうと、認知形成という意味では望ましくない状況になってしまうリスクがある。
図3は、とある業界のデジタル広告の出稿事例をまとめたものである。生成AIの登場により、大量のクリエイティブを生成し出稿するようになった企業も少なくないだろう。しかし、出稿の最適化ロジックの設定方法によっては、特定のクリエイティブに出稿が偏ることもある(図3の例では全クリエイティブの上位2割に8割の出稿金額)。その結果、上位のクリエイティブはほとんど似た訴求内容のものになり、別のメッセージのクリエイティブが埋もれてしまう場合もある。なお、本事例では、あらためて消費者に対して効果を測定してみると、出稿金額下位のクリエイティブについても、意向醸成に効果的なクリエイティブが複数存在していたことが分かった。
前節で解説したように、デジタル広告は、認知・意向に対する効果も期待されるが、機械学習による自動判定をもとに出稿していると、認知形成においては最適な状況になるとは言い切れないといえる。
【図3】とある業界の出稿事例
NRIからの提案:過去事例の研究と、ログ偏重ではなく消費者意識に着目した評価を
そこで、弊社からは、ログ偏重ではなく、消費者意識をもとにした広告評価を行うことを推奨させていただきたい。また、デジタル広告は広告費とともに事例数も増えているため、過去の事例の研究も重要と考える。消費者意識に着目し、成功パターンや失敗の法則を見つけることで、今まで以上に効果的な広告運用が可能になると考えている。
得られる示唆の例:(1)有効な訴求軸/クリエイティブタイプの発見
上記の取り組みから得られる示唆の例としては、過去事例のうち、直近自社ではあまり出稿していないが、消費者からの評価が高い訴求軸やクリエイティブの表現方法を見つけることで効果を高めるというものだ。訴求メッセージの選定に役立てたければ訴求軸で、有効なクリエイティブ表現を見つけたければ表現面で分類し、それぞれの分類ごとに評価を行えば、目的とする示唆を得ることができる。
例えば、A社の例では、自社が制作していたが、媒体の自動最適化では出稿できていなかった訴求軸を見つけることができた。
【図4】A社の調査事例(訴求内容別の出稿金額とクリック単価・利用意向の関係性)
得られる示唆の例:(2)炎上リスクがあるクリエイティブの特定
もう1つは、炎上リスクがあるクリエイティブの特徴を見つけることで、ブランド毀損を避けられるというものだ。どのような広告だと不快度が高いかを見ることで、思わぬ炎上をする可能性があるクリエイティブを特定することができるだろう。例えば、以下の調査事例では、生成AIで作ったクリエイティブの不快度が高いのではないかという仮説をもとに調査をしたところ、仮説が外れた事例である。作り方ではなく、むしろ訴求内容が重要であるという結果であった。
【図5】A社の不快度のスコア調査事例
最後に:評価サイクルの変革もセットで進めるべき
以上のように、消費者の評価を過去クリエイティブ事例も含めて調査することで、広告クリエイティブ制作の高度化や出稿の仕方の変更に役立てることができる。
広告クリエイティブ制作の高度化:
生活者から支持が得られる要素や表現を特定し、今まで以上に認知形成が効率的に進められるクリエイティブを制作する/炎上を回避する
出稿の仕方の変更:
クリック率を目的としたクリエイティブと態度変容を目的としたクリエイティブの配分を調整することで、デジタル広告でも認知形成を進める
また、この調査の有効な点は、出稿前に実施することも可能であるという点だ。これまでは、デジタル広告では、「とりあえず出してみて、ログベースで反応を確認する」という評価サイクルも少なくなかったと考えている。一方で、たとえば、今後出稿予定である自社の広告クリエイティブについて、消費者の反応を出稿前に把握することで、有効なクリエイティブを特定してから出稿することができる。このように、PDCAサイクル自体を変革することも念頭に、デジタル広告の活用を進めるべきだと弊社は考える。
皆様もデジタル広告の方針を検討する際は、過去事例の研究や消費者意識に着目した評価も試行いただきたい。