-マーケターが押さえておきたいデータ活用の可能性-【「安さ重視」で一括りにできない生活者たち― 5年間で変わった消費価値観】

公開日 2026年09月01日
  • 生活者
  • 調査結果分析
  • 戦略

株式会社野村総合研究所 マーケティング戦略コンサルティング部

金岡 香保里

2022年以降、資源価格の高騰や急速な円安を背景に、日本では物価高が続いている。食品や日用品の値上げは繰り返され、生活者の実感としても「物価高」はすでに数年にわたって続く常態となった。こうした環境下では、「生活者は節約志向を強め、安いものを求めるようになった」と語られることが多い。実際、コスパを訴求するマーケティング施策も少なくないのではないだろうか。

しかし、生活者の消費行動を丁寧に見ていくと、この通説だけでは説明のつかない実態が浮かび上がってくる。生活者が何にどれだけの労力や関心を割いて商品やサービスを選ぶのか、という消費価値観そのものが、物価高という一つの環境変化とも重なりながら、変化してきた可能性がある。

NRIでは、関東在住の男女3,000人を対象に、消費価値観に関する32の項目を継続的に調査しており、これらの組み合わせから生活者を「価格」と「こだわり」という2つの軸でタイプ分けし、それぞれのグループのボリュームや傾向の変化を定点的に把握している。本稿では、このデータをもとに、2021年と2026年の5年間で生活者の消費態度がどう変化したのか、そしてその変化が年収や世代によってどのように異なるのかを明らかにしたい。

「安さ重視」だけが増えているわけではない

「価格感度」と「こだわり(自分のお気に入りにこだわって商品選択をするか)」という2軸を掛け合わせると、消費行動は「プレミアム消費」(自分が気に入った付加価値には対価を支払う)、「安さ納得消費」(製品にこだわりはなく、安ければよい)、「徹底探索消費」(多くの情報を収集し、お気に入りを安く買う)、「利便性消費」(購入する際に安さよりも利便性を重視)の4つのタイプに分類できる。

2021年5月と2026年5月における消費4象限の構成比を比較すると(図表1)、利便性消費は50.2%から54.6%へと4.4ポイント増加した一方、プレミアム消費は22.4%から19.1%へと3.3ポイント減少した。安さ納得消費は20.8%から19.5%へとわずかに減少し、徹底探索消費は6.6%から6.7%とほとんど変化していない。

図表1:消費4象限の構成比の変化(2021年5月、2026年5月)

ここで注目すべきは、「プレミアム消費」はやや減少しているものの、「安さ納得消費」は増加しておらず、「徹底探索消費」も横ばいである点だ。つまり、この5年間で明確に増えたのは、価格にもこだわりにも強い動機を持たない「利便性消費」だけなのである。

これは「物価高=安さを求める節約志向の高まり」という一般的な見方だけでは、必ずしも説明しきれない実態を示していると言えるだろう。生活者は「安いものを頑張って探す」という能動的な倹約行動に一様に向かっているわけではなく、物価高の中でも、「深く選ばず、手軽な選択肢にとりあえず流れる」という、選択そのものへの関与度がやや下がる方向に変化している可能性がうかがえる。

年収・世代で異なる、5年間の変化

この全体傾向を年収・世代別に分解すると、変化のパターンは大きく3つに分かれていると考えられる。ここでは20〜30代を「若年層」、40〜50代を「中高年層」とし、図表2は若年層、図表3は中高年層について、世帯年収別に消費4象限の構成比を示したものである。

図表2:消費4象限の構成比(若年層20〜30代・世帯年収別、2021年5月→2026年5月)

図表3:消費4象限の構成比(中高年層40〜50代・世帯年収別、2021年5月→2026年5月)

第一に、世帯年収1,200万円以上の層では、この5年間の変化が比較的小さい。若年層では、プレミアム消費が20.5%から22.7%へとむしろ上昇し(図表2)、中高年層でも26.8%から25.7%とほぼ横ばいで推移している(図表3)。他の年収層と比べて経済的な余力があることも影響し、消費態度の変化が緩やかにとどまったセグメントと考えられる。

第二に、中高年層の世帯年収600万円未満・世帯年収600万円以上1,200万円未満の層では、安さ納得消費・徹底探索消費がともに上昇している(図表3)。世帯年収600万円未満の中高年層では、安さ納得消費が23.4%から25.3%、徹底探索消費が7.0%から8.1%へとそれぞれ上昇した。世帯年収600万円以上1,200万円未満の中高年層でも徹底探索消費が3.9%から6.0%へと伸びている。物価高が続く中で、価格を意識しながら比較検討したうえで選ぶという、価格への向き合い方がより能動的になっている様子がうかがえる。

第三に、最も変化幅が大きかったのが若年層かつ世帯年収600万円以上1,200万円未満の層である(図表2)。プレミアム消費が26.0%から15.0%へと11.0ポイント減少した一方、利便性消費は49.4%から66.0%へと16.6ポイント増加している。これは全セグメントの中でも突出した変化幅であり、全体の利便性消費の伸びを牽引した層のひとつと見られる。注目すべきは、この層の変化先が「安さ納得消費」ではなく「利便性消費」である点だ。物価高が続く中でも、価格を意識した選び方に向かうというよりも、選ぶことへの労力そのものが減る方向に変化していると考えられる。
同様の傾向は、性別・年代別のデータ(図表4)からも読み取ることができる。

図表4:消費4象限の構成比(女性・年代別、2021年5月→2026年5月)

この傾向を象徴するのが20代女性のデータである。2021年時点で女性20代の徹底探索消費は12.0%と全セグメント中最も高く、価格もこだわりも両方追求する、比較的能動的な消費者層であった。しかし2026年には徹底探索消費は5.7%まで下がり、代わりに利便性消費が45.5%から64.9%へと19.4ポイント上昇した。物価高が続く5年間を経て、この層において選択への関与度が低くなる方向への変化が特に大きく表れている様子がうかがえる。

対照的な動きを見せたのが50代女性だ。プレミアム消費は23.6%から25.2%へと上昇し、安さ納得消費も18.3%から22.7%へと伸び、徹底探索消費も4.2%から6.2%へと増加している。利便性消費以外のタイプがいずれも上昇しており、同じ物価高という環境の中でも、価格にもこだわりにも関心を持ち続け、しっかりと選ぼうとする姿勢がやや強まっているようにも見える。

生活者理解を更新し続けるために

以上の結果からまず言えるのは、「物価高=安さ訴求が有効」という単純化には、注意が必要だという点である。全体傾向を見る限り、安さを求める消費行動が明確に増えているわけではなく、実際に増加していたのは価格にもこだわりにも強い動機を持たない利便性消費であった。この5年間で生活者の間に広がっていたのは、「安さへのこだわり」というより、価格・好みを問わず「自分なりのこだわりを持って選ぶ」という消費への向き合い方そのものが薄れていく変化だったのかもしれない。

ただし、これはあくまで全体傾向であり、年収・世代によって様相は異なっていた。中高年層の世帯年収600万円未満・世帯年収600万円以上1,200万円未満の層や50代女性は、むしろこだわりを持って選ぶ姿勢を強めており、こうしたセグメントには比較検討や納得感を後押しする情報提供型の訴求が有効と考えられる。世帯年収1,200万円以上の層には、引き続きプレミアム訴求が有効かもしれないが、その対象は徐々に限定されつつある点にも注意が必要だろう。
一方、若年層かつ世帯年収600万円以上1,200万円未満の層や20代女性は、プレミアム消費・徹底探索消費のいずれからも離れ、利便性消費へと大きく変化していた。こうした層には、価格やこだわりを訴求するアプローチよりも、サブスクリプションやおまかせ購入、パーソナライズされたレコメンドなど、選ぶ手間そのものを軽減する利便性訴求の方が響きやすいのかもしれない。

最後に、今回見えてきた年収・世代による違いも、5年前の生活者の姿と比較して初めて見えてきたものである、という点を指摘しておきたい。生活者を取り巻く環境変化に対する反応は一様ではなく、こだわりを手放す方向に動いた層もあれば、こだわりを保ちながら選ぶ姿勢を強めた層もあった。今後も状況によってさらに変化していく可能性がある中で、生活者の実態を一時点だけで捉えるのではなく、定点的に観測を続けることで、こうした変化の兆しをより捉えやすくなるのではないだろうか。マーケターにとっても、継続的なデータ観測を通じて生活者理解を更新し続ける姿勢が、一つの重要な視点になると考えられる。

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