株式会社野村総合研究所 マーケティング戦略コンサルティング部
穂苅 華子
2026年2月の衆議院選挙(小選挙区)の投票率は56.26%と、前回(2024年10月、53.85%)を上回った。2025年7月の参院選(選挙区)も58.51%と高水準で、直近の国政選挙では有権者の政治参加意欲が持続している。ただし、この上昇が示すのは関心の高まりだけではない。人々がどのような情報に触れ、何に納得し、行動に踏み出したかという意思決定プロセスそのものが多様化・複雑化している。
本コラムでは、投票者が「何を起点に」情報を取り込んだかによって複数のタイプに分類し、その違いが意思決定の組み立て方にどう表れているかを分析する。特に、国政選挙は、選択肢が多く判断コストが高い「高関与意思決定」の典型である。有権者がどのように情報を取捨選択し判断を下すかは、消費行動やブランド選択にも通じる。そこにはマーケターが押さえておくべきデータ活用のヒントが数多く埋め込まれているかもしれない。
解散から投票日までの期間が短い短期衆院選という時間制約の厳しい環境下において、どのような情報接触が有権者の投票行動を後押ししたのか。特に今回の選挙では、公式のキャンペーンや報道だけでなく、SNSや動画、家族・友人との会話など、生活圏内で接触する情報(以下「オーガニック情報」)を起点に投票判断に至った層が一定の存在感を示していたことが確認されている。
マーケティング実務の観点からは、その有効性と同時に、構造的なリスクも理解する必要がある。
図表1 投票者における3つの情報接触タイプ
図表1に示すとおり、投票者を情報接触の起点(接触の中心となった情報源)別に分類すると、ニュース主導型(24.9%)、公式宣伝活動主導型(17.1%)、オーガニック主導型(23.2%)の3タイプに加え、いずれにも明確に分類されない層(「その他」)が約35%を占めている。
本コラムでは、情報接触の起点と意思決定構造の関係が比較的明確に表れる上記3タイプに焦点を当てて分析を行う。なお、「その他」(約35%)は本コラムの分析対象外とする。
図表1で示した3つの情報接触タイプは、投票行動への影響の仕方や効いている局面に違いがある。ニュース主導型では、投票判断のプロセスが比較的安定しており、編集された報道を通じた争点理解と比較検討という、従来から指摘されてきた意思決定構造と大きな差は見られない。
一方、短期選挙で特徴が際立つのは、情報の起点が「公式」と「オーガニック(生活圏内)」の2つのタイプである。公式宣伝活動主導型では、政党や候補者による公式メッセージが、政策の方向性や立場を短時間で把握するための整理された情報源として機能しており、投票判断の前提となる理解の下地を形成していたと考えられる。特に政治を難しいと感じやすい層では、こうした公式情報が判断の起点になりやすい。これに対して、オーガニック主導型は、判断を一から形成するというよりも、すでに形成されつつあった判断を最終的に確定させる局面で、オーガニック情報が強く作用している。
図表2 政治に関する考え方
図表3 衆議院選挙で重視する争点
図表4 SNSや動画共有サービス上での行動
公式宣伝活動主導層の意思決定構造
図表2を見ると、公式宣伝活動を起点として投票判断に至った有権者は、政治への関心が必ずしも低い層ではない(政治問題に関心がある:74%)。一方で、「政治は難しすぎて理解できない」と感じている割合は52%と、オーガニック主導層(49%)やニュース主導層(48%)と比べて最も高く、情報を自力で探索・整理することに対する負荷を感じやすい層である。
この層では、政党や候補者が発信する公式メッセージが、判断材料そのものではなく、判断の基準や視点を示すメッセージとして機能している。
図表3で実際に重視した争点を見ると、税制改革(13%)と並んで、「各党の政治姿勢」(13%)が比較的高く、政策の細部よりも、価値観や方向性が明確であるかどうかが投票判断において重視されやすい。
また、図表4でSNSや動画上での行動を見ると、公式宣伝活動主導層は「できるだけ色々な意見を見る」(31%)や「投稿の真偽を確認する」(32%)といった探索・検証行動の割合が、オーガニック主導層よりも低く、情報接触は比較的受動的である。
つまり公式メッセージが効いているのは投票直前ではなく、意思決定の初期から中盤にかけてである。その後の情報接触は投票判断の確認・補強として機能している可能性が高い。
オーガニック主導層の意思決定構造
オーガニック情報主導で投票に至った有権者は、政治への関心が高い(77%)(図表2)。一方で、「政治は難しく理解しづらい」と感じている人も一定数存在するが(49%)、この割合自体は公式宣伝活動主導型の方が高く、オーガニック主導層で固有の特徴とは言い切れない。
むしろ注目すべきなのは、理解しづらさを理由に政治から距離を置くのではなく、SNSや動画などを通じて自ら情報に触れ、判断しようとする姿勢が、オーガニック主導層で相対的に強く見られる点である。そのため、この層では政党や経済政策、税制改革といった大きなトピックを比較するよりも、自身の生活実感や不安と結びつく争点(例えば地域活性化、子育て支援、憲法改正といったテーマ)に強く反応する傾向が見られた(図表3)。短時間で「自分ごと化」できる切り口や、感情的な理解につながる表現が、投票という意思決定の入口として機能している可能性が高い。
図表4でSNS・動画共有サービス上での行動を見ると、オーガニック主導層は受動的に情報を流し見ているわけではない。「できるだけ色々な意見を見るようにした(46%)」「投稿の真偽を確認した(41%)」など、探索・検証行動の割合は他の類型より高い。レコメンド動画の視聴やキーワード検索、評価ボタンの操作など、関与度の高い行動も複数見られる点は注目に値する。
ただし、能動的に検索・評価を重ねるほど、アルゴリズムにより類似情報が優先表示されやすくなる。
結果として、本人の主観的には「よく調べた」「多様な意見に触れた」と感じていても、実際には特定の論点や価値観に沿った情報に接触が偏っている可能性がある。
短期選挙における投票への「最後の一押し」の構造
こうした短期選挙で、有権者の投票行動を後押ししたのは、投票先を一から選ばせる情報ではなく、すでに形成されつつあった判断を最終的に確定(納得)させる情報であったと考えられる。
多くの有権者は、ニュースや過去の認識を通じて大まかな方向性を持った上で、投票直前の局面において、生活圏内で自然に接触する会話や動画といったオーガニック情報を通じて「これでよい」という納得感を得ていた可能性が高い。ただし、オーガニック情報の影響力が感情的に作用しすぎた場合、自己完結的な理解を招くリスクがある。
また、公式宣伝活動主導層においても、整理されたメッセージへの依存度が高まるほど、公式情報の論点設定そのものに判断が規定されやすくなるという別種のリスクが存在する。
短期選挙においては、公式メッセージや編集された報道による理解の下地と、オーガニック情報による最終的な納得がどの順序で接続されるかを含めて設計する視点が必要である。
マーケティング実務への示唆
本コラムから浮かび上がった選挙における意思決定構造は、選挙に限らず、住宅や保険の契約、転職先の選定、子どもの進学先の決定など、選択肢が多く、やり直しが利きにくい意思決定の場面でも、類似のパターンが見られる。
選挙との違いは2つある。
第1に、情報の同時多発性である。短期選挙では、候補者・政党・メディア・一般ユーザーが一斉に発信し、情報量が短期間で爆発的に増加する。有権者はその奔流の中で、自分なりの判断軸を急いで立てなければならない。公式情報やオーガニック情報の「役割の違い」が鮮明に表れたのは、この時間的圧力があったからこそとも言える。
第2に、情報設計の自由度である。選挙では、公式メッセージがいつ届くか、オーガニック情報がどの段階で作用するかは有権者側の行動に委ねられている。一方、マーケティングでは、公式情報をどのタイミングで・どのチャネルに・どの粒度で配置するかを、発信者側がある程度設計できる。
本コラムが示唆しているのは、情報設計において「何を伝えるか」以上に、「どの段階で何の役割を担わせるか」が重要だということである。役割の区別を意識せずに、すべての接点で「認知」や「説得」を目的とした情報を投入すれば、生活者の意思決定プロセスと噛み合わなくなる。情報の量やリーチではなく、接触の順序と各段階で担わせる役割を設計すること。
選挙という制約の多い環境から得られたデータは、設計の自由度を持つマーケターにとって実践的な指針を示している。