株式会社トルク ディレクター
岡村 崚平
株式会社トルクは、千駄ヶ谷・原宿エリアにオフィスを構えるデザインファームです。2020年に設立され、現在6期目を迎えています。ウェブ制作を中心に、デザインと実装の両面からプロジェクトを支えています。特徴は、高いデザイン性に加え、ウェブアクセシビリティに注力している点です。これまでにもWebグランプリにおいてアクセシビリティ賞優秀賞を複数回受賞しており、その取り組みが評価されています。
採用サイトのリニューアルにあたり、次の体制でプロジェクトを進めてきました。
・コンテンツ企画・コンセプト策定:集英社
・ファイル共有・各種調査:文化放送キャリアパートナーズ
・実制作:トルク/PM・ディレクター:岡村、デザイン部[アートディレクター、デザイナー]、開発部(フロントエンド)[エンジニア、テストエンジニア]
一般的にはコンテンツの企画・構成から一貫してトルクが担うケースが多い中、本件ではコンテンツ力に強みを持つ集英社が、企画およびコンセプト設計を担当しています。
また、全体の調整・進行には文化放送キャリアパートナーズが参画。トルクは、集英社が設計したコンテンツとコンセプトをもとに、ウェブとしての構成へと落とし込み、デザイン開発・実装を含めた制作全体のディレクションを担いました。
リニューアルの背景
採用活動全体において採用サイトがどういった役割を果たすのか。
就活生に企業を知ってもらい、興味を持ったその先で理解を深め、サイトを見て「自分に合っていそうだ」と志望度を高めてもらうための媒体として位置づけています。最終的には、数ある選択肢の中から選んでもらい、その意思決定を後押しする役割を担います。
特に、数多くの出版社の中で「なぜ集英社なのか」を印象づけるためには、その企業らしさを的確に伝えることが重要です。同時に、入社前に抱く期待と実際の企業の姿とのギャップをできる限り埋める場として機能させることも目指しました。
その「らしさ」を伝える上で重要な鍵となるのが、サイト全体を貫くコンセプトの存在です。集英社では毎年、採用コンセプトを刷新し、それに合わせて採用サイトをアップデートしています。この採用コンセプトは、新入社員が入社後2ヶ月間の研修期間中にグループで考案している点が特徴です。
就活生に最も近い立場である新入社員が企画することで、より共感を得られる内容を生み出すとともに、人事側の想いとしても、新人に求められる視点や企画力を養う機会として、20年以上にわたり継続されています。
企画制作のプロセス
大まかなサイト制作のスケジュールです。
6月末頃、全体のキックオフがあり、この年の採用コンセプトが集英社から共有されました。7月から8月中旬にかけて要件定義、設計のフェーズで、スケジュール、サイトマップ、構成を考えました。並行してデザインもトンマナやキービジュアルの検討を進めました。デザインで主要な画面が出来上がってきた9月頃からフロントエンドの実装も走り、演出を詰め、テストアップ・テストし、11月初頭のサイト公開に進めました。
ページ構成やコンテンツ内容の検討は、基本的に集英社が主導しました。採用情報にとどまらず、読み物としての魅力を持つ記事コンテンツや、社内アンケートの結果をグラフや図版で可視化したコンテンツなど、全体として十分なボリュームと多様性を備えた構成となっています。
こうして策定されたサイトマップをもとに、各ページのイメージや構成案も集英社側で用意されました。中には手書きのラフスケッチも含まれており、具体的な表現イメージを共有しながら設計が進められました。
プロジェクト全体を通じて、集英社は「こうしたい」という明確なこだわりと高い熱量を持って取り組んでいました。その意図を尊重しつつ、私たちはウェブ制作の専門家として、表現や構成をどのようにウェブの仕様やシステムへ落とし込むかという観点から議論を重ねていきました。
デザインについて2026年度のコンセプトは、キービジュアルにあるとおり、「胸の高鳴りに、懸けてみる。」でした。
集英社に興味を持ちながらも、その知名度の高さゆえに一歩踏み出せず、立ち止まってしまう就活生も少なくないと捉えていました。
そこで本年度は、不安や迷いを否定するのではなく、その揺れ動く感情ごと受け止めた上で、未完成であっても自分の心が動くものに挑戦してほしい——そうしたメッセージを打ち出しています。
この考え方は、出版の世界にも通じるものだと捉えています。一人ひとりの「面白そう」という純粋な気持ちからヒット作品が生まれ、ときに時代を動かしてきました。そうした価値観を、採用サイトのコンセプトにも重ねて表現しています。
この時点では「胸の高鳴りに、懸けてみる。」はコピーであって抽象的な概念だったので、制作サイドはいかに具体的なウェブの体験に落としていくかがポイントでした。
採用コンセプトが決まった後は、それをどう表現に落としていくか考えました。とはいえ言葉やコピーの解釈によってビジュアルの方向性が大きく変わると思ったので、まずは制作チーム全体で採用コンセプトを聞き、連想されるイメージについてアイデアを出し、整理しました。
表現の検討にあたっては、複数の方向性が挙がりました。写真と言葉で感情をストレートに伝える案、スクラップブックやアルバムのような編集感を持たせる案、イラストやアニメーションによって内面を可視化する案など、多様なアプローチが検討されました。
その中で重視したのは、単に印象的で“エモーショナル”なデザインにすることではなく、今回の採用コンセプトやサイトの目的に照らして適切かどうかという視点です。常にコンセプトを判断基準の中心に据えながら、方向性を絞り込んでいきました。
最終的には、就活生のひたむきな思いや姿勢に寄り添うことを主眼とし、過度な装飾ではなく、写真と言葉が持つシンプルな力を生かす表現を採用しています。
方向性が決まった後は、実際の絵作りをどうしていくか。いろいろなトーン、レイアウトでパターンを作り検証を重ねていきました。
例えば、前向きで明るい表情を切り取った案や動きのある案、あるいは少し余白を持たせ爽やかな印象を出していく案も出ました。検討を重ねる中で、あらためて立ち返ったのがコピーとコンセプトの本質でした。「懸ける」という行為は、外に向けて何かを発信するというよりも、静かに自分自身と向き合う側面も持っているのではないか——そうした解釈に至りました。その視点から、現場のリアルな空気感や臨場感、そして静けさを感じさせる表現を重視。最終的には、そうしたニュアンスを最も体現していた案(右下)が採用されています。これが今のキービジュアルの元になっているアイデアです。
キービジュアルの制作においては、特に写真にこだわりました。都内のハウススタジオを借りて撮影。コンセプトに合わせて過度に感情が表現されたり、演出されたりしないように、あえてライティングや表情を抑えた絵作りを意識しました。
撮影は集英社のファッション誌を手がけているフォトグラファーにお願いしました。作品の配置や背表紙の見せ方、モデルは新入社員にお願いし、顔の角度、向きなどもこだわって、いろいろなパターンでどれが一番いいか検証しました。
サイト全体のデザインは、出版社ならではの紙の編集物のような手触り感を感じられるエディトリアルなデザインを意識して構築しました。また昨今のトレンドであるブルータリズム的な手法を取り入れ、過度に装飾をせず、未完成さを感じさせるデザインとしています。
スライド中央に配置した目玉コンテンツである「クローズアップ記事」はややテンションを上げたポップなトーンにしようという話がありました。一般的には、サイト全体で見せ方やトーンを統一するケースが多い中、本プロジェクトではあえてコンテンツごとにトーンのグラデーションを持たせています。一方で、根底にある思想や設計ルールは共通化し、全体としての一貫性は担保しています。コンテンツごとの“崩し”と、サイト全体の統一感。そのバランスをどう取るかが、デザインにおける重要なポイントとなりました。
アクセシビリティの観点から大きく3つのポイントを重視しました。
1つ目は、セマンティックHTMLの実装です。テキストや各コンテンツに対して適切な意味を持つタグを用い、構造化されたマークアップを徹底しました。汎用的なdiv要素のみで構成されたサイトでは、スクリーンリーダーなどの読み上げソフトを利用した際に、意図した通りに情報が伝わらない場合があります。そうした課題を避けるため、機械にとっても理解しやすい実装を行っています。
2つ目は、キーボード操作への最適化です。タブキーによる回遊が可能であることを前提としつつ、フォーカス時の視認性にも配慮しました。通常領域では黒い枠で表示されるフォーカスインジケーターについて、背景とのコントラストを考慮し、フッター付近など暗い領域でも視認しやすいよう白色に調整しています。
3つ目は、ユーザー設定への対応です。視覚過敏や乗り物酔いの影響を受けやすいユーザーの中には、端末側で視差効果の軽減設定を行っているケースがあります。本サイトでもその設定に応じて、アニメーションや演出を抑制する処理を取り入れています。
反応と評価から得た示唆
応募エントリー数は前年を超える結果になりました。メインコピーに心を動かされました、という声が多数寄せられ、純粋に嬉しかったです。就活生からはトップのビジュアル同様、「夜中にサイトを見て、そのままエントリーに必要な志望理由書を書きました」といった声や、社内からも「エモくていいね」「集英社らしいね」といった反応がありました。SNS上でも、ビジュアルやコンセプトに言及する声が多く見られ、大きな手応えを感じました。
今回の取り組みを通じてあらためて実感したのは、コンセプトやコピー、言葉、ビジュアルといった要素がすべて一貫して設計されていることの重要性です。各要素が連動しながら体験を形づくったことが、こうした反応につながったと考えています。
審査コメントは、コンテンツの中身や独自性を評価頂き、すごく嬉しかったです。一方、デザインに対して、今回は紙っぽさを意識したため、ウェブならではの表現が薄れてしまったのではないか、導線や使い勝手についても意見が寄せられました。採用サイトは今後も毎年、リニューアルをしていく予定です。今年のサイトからいい点も悪い点も活かしていければと考えています。