ひとりの正解より、ともに見つける“別解”を〜AI時代の生活者理解へのたどり着き方〜

公開日 2026年07月01日
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株式会社博報堂テクノロジーズ マーケティング事業推進センター 開発推進1部

井川 浩輔

外資系コンサルティングファームでデータサイエンティストとして、製薬・航空・通信など複数業界のAI実装とデータ活用を推進。2023年博報堂へ。マーケティングにおける生成AI活用の企業向けコンサルティング活動を経て、現在プロダクトマネージャーとしてデータとAIの知見を掛け合わせた、複数のプロダクトの企画開発をリードする。マーケティング業務の効率化と、生活者発想の仕組み化を追求している。

生活者理解において、精度は欠かせません。誤った生活者像からは最適な施策は生まれないからです。けれども、精度を高めること自体が価値ではない。生活者理解の価値とは、そこに新しい発見があり、マーケティングなどに関わるチームがそれを分かち合って前へ進めること。創造性は、そこから生まれるはずです。ところがしばしば、その精度を高めることが目的になってしまう。初手から完璧を求めるほど、理解は一部の人に偏り、チームが同じ目線に立つのは遅れ、肝心の発見も意思決定も後ろ倒しになっていく。本当に問われているのは、精度の不足ではなく、その理解を「いつ」「誰と」分かち合い、そこから何を見つけ出せるか。つまり、速度と民主化の問題です。

生活者理解の構造的課題:なぜ「わかった」はチームに浸透しないのか

マーケティングの現場で、現状の生活者理解への向き合い方は、概ねこれから述べる二つのうちのどちらかです。ひとつは、現場の直感・ドメイン知識をベースに描いた生活者の仮説を、調査データで裏づけていくやり方。もうひとつは、データの海に潜り、そこから新しい生活者の仮説を引き出していくやり方です。前者は速く動けますが、起点が一人もしくはごく少数の直感である以上どうしても属人的で偏りのあるものになり、データは結論を補強する役回りにとどまります。後者はより深い発見につながる一方で、潜るには時間と熟練のスキルが求められ、答えにたどり着けるのはやはり一部の人に限られてしまう。どちらのやり方も、確信を求めて深掘りするほど、そこへたどり着くまでの工程は増え続け、意思決定はどうしても後ろ倒しになります。 

チームが「確信」にたどり着くまでの道のりを、思い浮かべてみてください。定量調査、グループインタビュー、データ分析、社内合意形成。これらが一通り揃って、ようやく人は実行へ踏み出せると感じます。けれどもその過程では、各ステップで「本当にこの理解は正しいのか」という疑念がチーム全体にまとわりつき、予算と時間が次々に費やされていきます。この構造を生んでいる本当の原因は、情報の不足ではありません。足りないのは、全員が揃って腹落ちした解釈のほうです。同じ情報を見ても、人によって描く生活者像は分かれます。その読みが揃わないまま、確信を持てるまでは決めない。そんなチーム内での疑心暗鬼が、決断を先送りにしていくのではないか、そう考えています。

理想のプロセス:バトンリレー型から「共創型」への転換

この行き詰まりを抜け出すために必要なのは、最初から全員で、共通の「足場」をすばやく組み上げることです。完全な確実性を待つのではなく、限定的でも根拠のある検証から、すぐに仮説を出す。手元のデータやプランニング知見、現場の肌感覚を持ち寄り、最良の「第一歩」を素早く組み立てるのです。仮説の精度は、むしろ、動きながら確かめるほど高まっていきます。速度と精度は、相反しません。速度をもつことで初めて、チーム全体が同じ目線に立ち、創造的な対話が動き出すと信じています。 

完璧な仕様を一度で組み上げるより、手応えのある形を早く立ち上げ、現実の反応から学んで磨いていく。プロダクト開発の世界では、すでに「リーン・スタートアップ」として実証されてきた進め方です。生活者理解も、本質は同じです。生活者像そのものを中心に据え、対話しながら確かめられるようになったいま、マーケティングでも同じ進め方ができます。長年、調査を丁寧に積み上げてきたマーケティングの蓄積は、何より大きな財産です。その強みを土台に、完成を待たず、早い段階から仮説を分かち合い、対話のなかで育てていく。 

これは、マーケティングの進め方そのものの、ひとつのパラダイムの転換だと考えています。実際に、依頼と提案を受け渡す従来のバトンリレー型から、生活者像を囲んでチームとAIがともに考える共創型へと業務プロセスを変革させる取り組みも動き始めています。

AIによる「仮想顧客」との対話がもたらす新しい環境

こうした環境は、いまやAIによって現実的に築けるようになってきました。AIで仮想的な顧客像をつくり、対話しながら発想を進める。そんなアプローチが、急速に広がっています。ただ、その仮想の相手が本当に使えるかどうかは、二つの点で決まります。ひとつは、どんなデータからつくられているか。土台が確かでなければ、もっともらしく語っても、現実の生活者から少しずつずれていきます。もうひとつは、聞きたいことに、対話を通じてきちんと辿り着けるか。受け答えが表面的なままでは、揃った確信には届きません。

では、バラバラになりがちな目線を、どうすれば全員が「これだ」と思える確信へとまとめられるのか。必要になるのは「Human-Centered AI(人間中心のAI)」という思想です。博報堂DYグループが実装するAIは、効率化のためだけの道具ではありません。「正解を一つ出す道具」ではなく、同質化を避け、「別解をともに見つけるパートナー」です。チーム全員が「同じ生活者」と向き合い、対話を重ねながら理解を深めていくことのできる環境の構築です。

博報堂DYグループの一つの解「バーチャル生活者」

私たちは、その一つの方法として、チーム全員が共通に向き合える「同じ生活者」をAIを活用した「バーチャル生活者」として開発しました。
 
バーチャル生活者は、単なるAIのチャットボットではありません。博報堂DYグループが長年蓄積してきた大規模な生活者調査データを土台に、生成AIを掛け合わせて形づくった、いわば「データに裏づけられた生活者」です。プラナーに特別なITやプロンプトの知識がなくても、洗練されたプロダクトUIを通じて、まるで実在の生活者にインタビューするように、誰もが対話しながらプラニングを進められる。そこが、これまでのツールと決定的に違うところです。 

この対話は、これまで分断されがちだった専門家の目線を、マーケティングのプロセスのなかで「揃える」役割を果たします。とりわけその有用性を発揮できるのは、次の三つの場面です。

①ターゲット選定 
データに裏づけられた生活者との対話を通じて、その背後にある市場データや人口動態とリアルタイムに照らし合わせることで、単なる主観的なペルソナにとどまらない、確かな「市場ボリュームを持ったターゲット」を論理的に見出すことが可能になります。 

②インサイトの深掘り 
定量ファクトの奥にある深層心理の抽出(インサイトワーク)もサポートします。対話のなかで生活者発想法(ラダリング法など)を駆使することで、通常のアンケートデータなどのファクトだけでは知り得ない、生活者自身も言語化できていないリアルな「深層心理」や「行動の動機」に迫ることができます。 

③クリエイティブの事前評価・改善 
制作したクリエイティブやコンセプト案をバーチャル生活者に投げかけ、その反応をシミュレーションすることで、得意先のマーケティングKPIに直結した具体的な改善ポイントを、打つ前に予想することができます。

そして、この対話はAIの中だけで完結しません。AIが立てた仮説を、その属性に合う実在の生活者へのデプスインタビューで突き合わせ、生身の声で検証して肉付けし、さらなる確信へと変えていく。このAIと一次情報の往復があるからこそ、バーチャル生活者との対話は、推測ではなく成果に寄与できるものになります。

「AIの伴走」により、専門性が融合する世界へ

大切なのは、戦略プラナーもメディアプラナーもクリエイターも、同じ画面に映る「バーチャル生活者の言葉とデータ」を一緒に見つめながら議論することです。共通の目線がひとつあるだけで、それぞれの専門性から生まれる解釈のズレは小さくなり、全員が腹落ちした「目線の揃った確信」そしてその先の創造性にたどり着けます。バーチャル生活者との対話で、ともにたどり着くこの「伴走型」のアプローチのなかでは、自分たちでたどり着いた確信だからこそ、実行までぶれません。 

そして、この進め方の先にたどり着くのは、一人ひとりの専門性が、これまで以上に生きる世界です。それぞれの視点と専門性を同じ土俵に持ち寄り、融合させていく。誰かの職人技に置き換えるのではなく、異なる強みが噛み合うからこそ、これまでにない別解が生まれる。私たちが目指すのは、そういう世界です。 

こうした世界にむけた対話を、私たちは統合マーケティングプラットフォーム『CREATIVITY ENGINE BLOOM』の上で、グループ各社や得意先とともに、ひとつずつ実践へと変えています。

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