株式会社野村総合研究所 マーケティング戦略コンサルティング部 シニアコンサルタント
梅畑 友理菜
「実用品は、機能と品質で差別化する」「嗜好品は、憧れやステータスを提示する」。この2つは、長らくマーケティング戦略の根幹をなす定石だった。しかし、消費者が商品を選ぶ場面に立ち返ったとき、本当に今でも消費者は「機能や品質の高さ」や「分かりやすい憧れやステータス」だけで商品を選んでいるのだろうか。
NRIでは、関東1都3県在住の男女3,000人(20~59歳)を対象に、食品・飲料・日用品からファッション・香水に至る20のカテゴリーにわたって、横断的な調査を実施し、自己表現欲求や、価格帯別に「自分らしい選択」と思う度合・継続意向などを分析した。そこから浮かび上がったのは、実用品・嗜好品という従来の枠組みには収まらない、現代の消費者のリアルな価値基準だ。本稿ではその実態を2つのファクトから読み解き、マーケターが問い直すべき「土俵(Where)の再定義」と「提供価値(Why)の再構築」について論じていく。
【トレンド①】日用品が、「生活に意味を加える」アイテムになる
「デザインやブランドにこだわって、自分らしさを表すものを選びたい」と思うカテゴリーは何か。その回答から、一見すると実用性が重視されがちな日用品の選択においても、「自分らしさ」の意識が決して低くない様子が浮かび上がった(図表1)。
図表1:カテゴリー別 「デザインやブランドにこだわって、自分らしさを表すものを選びたい」度合 (「とてもそう思う」+「そう思う」計、2026年9月)
ファッション・衣類(55.4%)やバッグ・財布・小物(54.7%)など、「身につけて人の目に触れるもの」が上位を占めるのは想定の範囲内だろう。しかし注目すべきは、オーラルケア用品(31.3%)、食品・調味料(29.8%)、健康・機能性飲料(26.7%)、さらには洗剤・掃除用品(26.3%)といった、従来「コモディティ(実用品)」とされてきたカテゴリーの健闘だ。
洗面所、キッチン、あるいは冷蔵庫の中。他人の目には触れないプライベートな空間に置かれる日用品にすら、4人に1人以上が「自分らしさ」を求めている。これは、他人に見せるためではなく、「自分自身の気分や日常空間を心地よく満たすため」に日用品にこだわるという、内向きの消費動機が確実に存在していることを示唆している。
すでに市場では、この変化を捉えたブランドが存在感を放っている。例えば、フィレンツェ発の歯磨き粉Marvisは、アールデコ調のアルミチューブで「バスルームに置きたくなる歯磨き粉」としてインテリア雑貨店やセレクトショップを中心に定着した。ハンドソープのAesopも、ソープを「空間デザインの一部」として再定義し、日本でも深く浸透している。さらに海外に目を向けると、米国発のPoppiは、「プレバイオティクス(腸活)」という地味になりがちな健康訴求をポップな缶デザインと掛け合わせ、「冷蔵庫を開けた瞬間から気分が上がるソーダ」へと昇華させ、スーパーボウル広告を打つほどのメガブランドへと成長した。
これらに共通するのは、「汚れを落とす」「成分を摂取する」といった機能や品質の充足から、「自分の日常に意味や心地よさを加える」へと価値提案を転換したことだ。
データが示す通り、日用品に「自分らしさ」を求める層は多数派ではないため、今の市場で実用的な商品が主流であるのは必然だ。ただ、およそ3〜4人に1人が生活に意味を加える価値を求めていることを考慮すれば、これに応える選択肢を広げる余地は十分に残されている。これは、次なる市場機会の一つの兆しと言える。
他人の目に触れないプライベートな日用品にこそ、新しい自己表現の市場機会が眠っている。自社のカテゴリーを「見せないものだから、単なる実用品として割り切られるはずだ」という前提に立っていないか、今一度問い直したい。
【トレンド②】「憧れ・ステータス」から「自分らしい選択」へ ── 妥協ではない中価格帯の選択
消費者は「高価格帯(ラグジュアリー)」が買えないから、仕方なく中価格帯を選んでいるのだろうか。
今回の調査では、ファッション・衣類、バッグ・財布・小物、香水・フレグランスの3カテゴリーを対象に、自己表現やブランド価値が介在しやすい「中価格帯」と「高価格帯」に焦点を当てて分析を行った(図表2)。まず「購入を想定した際、各価格帯がどの程度「自分らしい選択」と思うか(「自分らしい選択」と思う度合)を聴取。さらに、実際の購入者に対して「今後もその価格帯を選びたいか(継続意向)」を確認した。
図表2:ファッション・衣類、バッグ・財布・小物、香水・フレグランスカテゴリー 価格帯別 「自分らしい選択」と思う度合、継続意向(購入者のみ) (各指標「とてもそう思う」+「そう思う」計、2026年9月)
まず、購入を想定した段階における「自分らしい選択」と思う度合では、いずれのカテゴリーでも中価格帯が高価格帯を上回っている。さらに、実際にその価格帯を購入した人の「継続意向」に注目すると、ファッション・衣類では中価格帯(70.1%)が高価格帯(65.7%)を上回り、香水でも中価格帯(80.1%)が高価格帯(69.7%)を引き離している。バッグ・財布・小物においても、中価格帯(74.1%)と高価格帯(73.9%)はほぼ同等のスコアを示した。
これらが示すのは、消費者が中価格帯を「消極的な妥協」として選んでいるわけではないということだ。予算の都合で代替している側面はあるにせよ、購入前から自分にフィットすると感じ、購入後も高価格帯と同等以上に「また選びたい」と感じている。「自分にちょうど良い上質さ」として、納得して前向きに選ぶ選択肢として機能している。
この「ちょうど良い上質さ」を設計したブランドは、近年消費者の支持を急速に集めている。例えばパリ発のレザーグッズブランドPOLÈNE(ポレーヌ)は、ラグジュアリーブランドが高価格化を続けるなか、職人技術とミニマルな造形美を備えたバッグを手が届きやすい中価格帯で提供し、ロゴの主張に頼らない洗練された選択肢として定着した。
とりわけ象徴的なのが香水カテゴリーだ。Maison Margiela「REPLICA」やBYREDO、LE LABOなどに代表されるフレグランスの台頭は、消費者の「誰もが知る有名ブランドの記号を身にまとう」という憧れやステータス消費から、「自分の感性に寄り添うストーリーをまとう」という自己表現消費にシフトしている様子を示す好例だろう。本調査でも香水カテゴリーの中価格帯(1〜5万円)が「自分らしい選択」と思う度合・継続意向ともに高く、「見栄のためのラグジュアリー」ではなく「自分自身が心地よくあるための適正な上質さ」が選ばれている実態がデータにも表れている。
従来、憧れやステータス消費の代表格とされてきた嗜好品カテゴリーにおいてすら、現在は「自分らしさ(ちょうどよさ)」を重視した選択が目立っている。ロゴや権威だけに頼るのではなく、「自分らしい上質さ」という軸で価格帯と情緒的価値のバランスを設計することで、メガラグジュアリーとマスの間に、強固な顧客基盤を確立する余地は大きい。
マーケティング再考に向けた2つの論点
本稿で見てきたデータは、実用品から嗜好品に至るまで、「機能や品質の優劣」や「他者へのステータス誇示や憧れ」にとらわれず、「自分自身の心地よさ・スタイルへの適合」で商品を選ぶ消費者が確実に存在している実態を示している。
他人の目に触れないプライベートな日用品にこそ、新しい自己表現の市場機会が眠っている。自社のカテゴリーを「見せないものだから、単なる実用品として割り切られるはずだ」という前提に立っていないか、今一度問い直したい。
従来、憧れやステータス消費の代表格とされてきた嗜好品カテゴリーにおいてすら、現在は「自分らしさ(ちょうどよさ)」を重視した選択が目立っている。ロゴや権威だけに頼るのではなく、「自分らしい上質さ」という軸で価格帯と情緒的価値のバランスを設計することで、メガラグジュアリーとマスの間に、強固な顧客基盤を確立する余地は大きい。
「機能と品質を高めれば選ばれる」「最高級の憧れやステータスを提示すれば選ばれる」という2つの前提が揺らいでいる今、自社の商品が消費者の“自分らしい日常”にどう寄り添えるのか、カテゴリーの定義と提供価値そのものを問い直す時期に来ている。