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JAAサステナビリティ・コミュニケーション委員 ヤマハ株式会社 コーポレート・ブランディング部 ブランド戦略企画グループリーダー
新川 兼司
JAAサステナビリティ・コミュニケーション委員 株式会社ファイントゥデイ ブランドコミュニケーション部 ヴァイスプレジデント
松本 順
チェックリストを生かすための3つの視点
このチェックリストは、覚えることが目的ではありません。なぜなら社会は常に変化し続け、今は重要視されていないことが数年後には大きなテーマになっているかもしれませんし、その逆もあるためです。
JAAはガイドラインの定期的な改訂・更新を予定していますが、目指したのは、変化する社会の中で考え続けることができる共通の枠組みをつくることです。
その共通の枠組みとして重要なのが、チェックリストをどのように活用し、確認していくかという手順です。
【1】体制、【2】タイミング、【3】見る角度・捉え方、この3つについて説明しています。
【1】体制
広告制作においては、ブランド担当者や広告担当者が最初から最後まで責任を持って進めている企業が多いのではないでしょうか。しかし、DE&Iの観点では、一人の担当者や一つの部署の視点だけで判断しないことが非常に重要だと考えています。
人は誰でも、自身の経験や育ってきた環境を通じて価値観や考え方を形成しています。そして、その価値観をもとに「普通」を判断しています。無意識のうちに、その「普通」が固定観念やステレオタイプにつながることもあります。
一方で、広告を受け取る生活者は、年齢や性別、文化的背景、家族構成、価値観などがそれぞれ異なります。だからこそ、広告制作においては、複数の視点や価値観で表現を確認する体制を整えることが大切です。
広告制作の担当者だけ、あるいは同じチーム内だけで確認を行うと、どうしても近い価値観や視点に偏りがちです。そのため、DE&I担当部署、リスクマネジメント部門、顧客対応部門、広報部門など、異なる立場や役割を持つ社内関係者と確認を行うことが望ましいと考えています。
さらに、社内だけでなく、他社事例や海外事例、生活者インサイトなどの知見を持つ広告会社や制作会社と連携し、多角的な視点で確認する体制を構築することも有効です。
そうした体制を整えることで、担当者にとっては自然に見えていた表現であっても、「別の受け止め方をされるかもしれない」「違和感を持つ人がいるかもしれない」といった気づきを得ることができます。その気づきは広告の質を高めるだけでなく、将来的なリスクを未然に防ぐことにもつながります。
広告制作担当部門だけでなく、関係部署やパートナー企業も含め、複数の視点で確認を行う仕組みづくりを検討いただければと思います。
【2】タイミング
広告が完成する直前に、レピュテーションリスクなどの最終確認を行う企業もあるのではないでしょうか。その段階での確認も非常に重要ですが、DE&Iの観点からは、完成直前だけの確認では十分とはいえません。
例えば、テレビCMで出演者も決まり、撮影や編集も終わった段階で、「この表現は少し気になる」という意見が出たとします。その指摘が妥当だったとしても、完成直前の段階で大きな修正を行うことは容易ではありません。編集のやり直しや再撮影、スケジュールの遅延、制作費の増加などにつながる可能性があります。その結果、その場しのぎの対応になったり、「今回はこのまま進めよう」という判断になったりすることもあるのではないでしょうか。
これは担当者個人の問題ではなく、確認するタイミングの問題だと私たちは考えています。だからこそ、このガイドラインでは企画段階からDE&Iの視点を取り入れることを推奨しています。
具体的には、次の4つの段階で複数の視点による確認を行うことが望ましいとしています。
①企画段階
企画の方向性そのものや、コンテ・カンプの考え方、キーメッセージ、文脈などに問題がないかを確認する。
②制作段階
演出やグラフィックの具体的な表現、コピーやセリフ、デザイン、美術、衣装、メインキャスト・サブキャストの設定などを確認する。
③最終確認段階
完成直前の段階で、全体としてどのような印象を与えるか、誤解なく伝わるかを確認する。また、その時々の社会状況や社会的な関心事を踏まえた上で問題がないかも確認する。
④広告発信後の反応確認段階
広告公開後の生活者や社会の反応を確認する。必要に応じて広告の修正や取り下げを検討する可能性もあるため、SNS上での反応や生活者からのお申し出などを継続的に把握する。
こうした確認を行うことで、次回以降の広告制作に生かせる学びを得ることもできます。企画段階から制作、公開後まで、それぞれの段階で確認を行うことは、広告の質を本質的に高め、より多くの生活者に共感されるコミュニケーションにつながるのではないでしょうか。
【3】見る角度、捉え方
最も重要なポイントが、「見る角度・捉え方」です。
広告を制作する際には、まずターゲットを設定し、そのターゲットに届くシーンやストーリーを考えながら企画や表現を組み立てていきます。自社の商品やサービスを届けたい相手に焦点を当てることは、広告主にとって当然のことです。
一方で、ターゲットへの訴求を優先するあまり、その表現が誰かを否定したり傷つけたりするものになっていないか、という視点で確認することも重要ではないでしょうか。
「ターゲットや多くの人はこう感じるかもしれない。しかし別の立場の人はどう受け止めるだろうか、違った見方をする人はいないだろうか」など、ターゲットだけでなく、ターゲット以外の人や少数派を含む多様な立場に立ちながら、その表現が差別や偏見、ステレオタイプの押し付けにつながっていないかを確認していただきたいと考えています。
ただし、誤解していただきたくないのは、全ての広告で少数派を含むあらゆる人々を登場させなければならない、ということではありません。
例えば、家族をテーマにした広告で、夫婦や子どもがいる家庭を描くことがあります。それは一つの代表的な設定であり、そうした家族を描いているからといって、多様性への配慮が欠けているということではないと考えています。
重要なのは、その設定が商品やサービスの価値、伝えたいメッセージと結びついた意味のあるものになっているか、また「家族とはこうあるべきだ」といった決めつけの表現になっていないかということです。それらを事前に考え、対話して確認できているのであれば、何ら問題はないと考えています。
目指すべきなのは、誰からも批判されない無難で汎用的な広告ではありません。なぜその表現を選んだのかを、自ら説明できる広告ではないでしょうか。
「見る角度・捉え方」とは、チェックリストを参考にしながら、「なぜこの表現なのか」を問い直すことだと思います。
DE&Iガイドラインは「考え続けるためのフレーム」
改めてお伝えしたいのは、このガイドラインが一律の正解や○×を示すものではないということです。
例えば同じ言葉であっても、使われる文脈やタイミング、その時々の社会状況によって受け止められ方は大きく変わります。生活者の価値観や社会の出来事、メディア環境も常に変化し続けています。そのため、ガイドラインに示した考え方や事例だけでは捉えきれない新たな課題や論点が今後も生まれてくるでしょう。
だからこそ重要なのは、「ガイドラインに書いてあるから」「書いていないから」で判断することではありません。一つひとつの表現について、その時代や社会環境、表現の意図を踏まえながら、自分たちで考え、対話し、判断していくことです。私たちはこのガイドラインを、そのためのフレームとして活用いただきたいと考えています。
アドバタイザーに求められること
最後に、このガイドラインを通じて私たちアドバタイザーに求められること、そして実現したいことについてお話しします。
まず一つ目は、アドバタイザー自らが考え、対話をリードすることです。
広告は広告会社や制作会社とともに作り上げるものですが、最終的に社会へメッセージを発信し、その反応を受け止めるのはアドバタイザーです。だからこそ、DE&Iについてもパートナー任せにするのではなく、自ら理解し、考え、対話を進めていくことが重要だと考えています。
二つ目は、多様な視点を取り入れることで社会との信頼関係を築くことです。
このガイドラインは表現を縛るためのルールではありません。ガイドラインの策定過程でも多くの議論がありましたが、多様な視点を広告コミュニケーションに取り入れることは、生活者との信頼関係を築くことにつながると考えています。そして、その信頼があるからこそ、企業はより自由で創造的な表現に挑戦することができます。DE&Iへの取り組みは、その土台づくりでもあるのです。
三つ目は、広告が持つ社会的な影響力を意識することです。
広告の主な役割は商品やサービスの価値を伝えることですが、同時に、その時代の社会や価値観を映し出す鏡でもあります。さらに、時には社会を半歩、一歩前に進めるきっかけとなり、人々の意識や行動に影響を与える力も持っています。
だからこそ私たちアドバタイザーには、より多くの生活者から信頼され、社会により良い影響を与える広告コミュニケーションを考え、挑戦し続ける責任があるのではないでしょうか。
まだこのガイドラインをご存じない方も多いと思います。ぜひ社内の関係部署やパートナー企業とも共有いただき、「自ら説明できる広告」を考えるきっかけとして活用いただければ幸いです。