アドバタイザーが果たすべき責任と、DE&Iガイドライン策定への想い
JAAサステナビリティ・コミュニケーション委員長 東レインターナショナル株式会社 広報・マーケティング支援室長
幼方 聡子
「広告コミュニケーションにおけるDE&Iガイドライン」は、広告表現を規制するためのものでも、「こういう広告を作らなければならない」という答えを示すものでもありません。
私たちが目指したのは、広告に携わる皆さんが、それぞれの立場で考え続けるための共通の土台をつくることです。 私たちアドバタイザーは、商品やサービスを生活者の皆さまに提供しています。しかし、それだけではありません。広告を通じて社会にメッセージを発信し、人々の価値観や行動にも少なからず影響を与えていると認識しています。
広告は、企業の考え方や姿勢そのものを映し出す存在です。生活者の皆さまは広告だけを見ているのではありません。「この企業はどのような価値観を持っているのか」「誰に向かってどんなメッセージを発信しているのか」「誰を大切にしているのか」。そんな視点で企業を見ています。だからこそ、広告表現は企業の社会的責任の一部になっています。
まず、経営やそれに近い立場に携わる皆さまにお伝えしたいことがあります。DE&Iは、広報や広告部門だけのテーマではありません。企業の理念やブランド価値そのものに関わる経営課題です。
広告で発信される一つひとつの表現は、企業の意思として受け止められています。制作会社が制作した広告であっても、生活者が見るのは企業の広告です。最終的な責任を負うのは私たちアドバタイザーです。だからこそ、経営としてどのようなコミュニケーションを目指すのかという方針を持つことが重要です。
このガイドラインは、そのための判断基準を提供するものでもあります。企業として社会から信頼され、ブランド価値を長期的に高めていくために、DE&Iは欠かすことのできない視点です。
一方で、広告を企画し、制作し、発信している現場の皆さまにもお伝えしたいことがあります。
近年、広告を取り巻く環境は大きく変化しています。SNSの普及によって、一つの広告が瞬時に社会へ広がり、多様な立場から評価されるようになりました。以前であれば見過ごされていた表現が、今では多くの議論を呼ぶこともあります。
その一方で、「何が正解なのかわからない」「どこまで配慮すればよいのか判断が難しい」と感じている方も少なくないでしょう。私たちも、そのような現場の声を数多く聞いてきました。
だからこそ、このガイドラインでは禁止事項を増やすのではなく、「どう考えるか」というプロセスを重視しています。企画の段階から制作、公開前、公開後まで、多様な視点で確認する。一人で判断するのではなく、チームで考える。そのための共通言語として、このガイドラインを活用していただきたいと考えています。
広告は、多くの人が関わってつくられています。ブランド担当者、マーケティング部門、広告会社、制作会社、法務、広報。誰か一人が気を付ければよいというものではありません。
だからこそ、アドバタイザーとパートナー企業が同じ視点で議論できることが重要だと考えています。
「これは大丈夫だろう」ではなく、「この表現は多様な生活者の皆さまにどう受け止められるだろうか」と考える。
そうした対話を生み出すことこそ、このガイドラインの役割だと考えています。
私たちJAAはアドバタイザーの団体ですが、このガイドラインはアドバタイザーだけのためのものではありません。広告会社、制作会社、メディアなど、広告コミュニケーションに関わるすべての皆さまと共有できる共通言語にしたいと考えています。
広告は一社だけではつくれません。だからこそ、同じ言葉で議論し、同じ視点で考えることが、より良い広告コミュニケーションにつながっていくと考えています。
このガイドラインを、チェックリストや規制として受け止めないでいただきたいと思っています。
社会は変わります。価値観も変わります。広告も変わり続けています。だからこそ必要なのは、「正解」を覚えることではなく、考え続ける姿勢です。今後も定期的にガイドラインの改訂・更新を検討しながら、時代に合わせてアップデートしていきたいと考えています。
目指しているのは、誰からも批判されない広告ではありません。多様な生活者を尊重し、企業としてその表現を自ら説明できる広告です。その積み重ねが広告への信頼を育み、ひいては広告の自由と創造性を守ることにつながると、私たちは信じています。
JAAサステナビリティ・コミュニケーション委員 ヤマハ株式会社 コーポレート・ブランディング部 ブランド戦略企画グループリーダー
新川 兼司
JAAサステナビリティ・コミュニケーション委員 株式会社ファイントゥデイ ブランドコミュニケーション部 ヴァイスプレジデント
松本 順
広告表現の“正解”を示すものではない
ガイドラインの中で最も実務に近い内容として、広告表現におけるDE&Iのチェックリストを紹介します。このガイドラインは、日々の広告コミュニケーションを振り返り、より効果的な表現につなげることを目的としたものです。広告表現を画一的にしたり、「この広告が正しい」「これは間違っている」といった正解を示したりするものではありません。
広告は、ブランドや商品、企業の考え方を社会に伝える重要なコミュニケーションです。より多くの人に気持ちよく受け取ってもらい、メッセージを効果的に届けるための一助になればという考えのもと、本ガイドラインは制作されました。
現在、生活者の価値観や視点はますます多様化しており、企業やブランドが発信するメッセージの受け止められ方もさまざまです。そこで、広告やコミュニケーションが人々にどのように受け止められるのかを多様な視点から意識し、必要に応じて表現を見直すための共通のフレームワークとして活用いただけるよう、このガイドラインを策定しました。
対象となるのは、テレビCMや新聞広告だけではありません。SNS、動画配信、ウェブサイト、店頭販促物、イベント、PR活動など、企業が生活者に向けて発信するあらゆるコミュニケーションを含みます。そのため、広告部門をはじめ、ブランド担当者、広報担当者、商品企画担当者、広告会社、制作会社など、多くの関係者が共通の視点を持ちながら制作を進めるためのツールとして活用いただけます。
性別・ジェンダー:固定化された役割になっていないかを問い直す
日々多くの方が広告表現で意識したり悩んでいるテーマが「性別・ジェンダー」ではないでしょうか。広告は社会の価値観を映し出してきました。一方で、当たり前だった表現が、現代では違和感を持たれるケースがあると思います。女性が家事を担当する。男性が仕事をして家族を養う。以前はこうした考えは一般的だったかもしれませんが、現在では家族の形、働き方は多様化しています。もちろん、専業主婦や共働き、どのような家庭のあり方も尊重されるべきだと思います。
問題視したいのは、役割を固定化してしまうこと。職業も同様で、医師は男性、看護師は女性、保育士は女性という描き方。広告のストーリー上、なぜその設定なのか。それが必要なのか。無意識の思い込みでそうなっていないか。世の中は変化しているのにリアリティがないとか、変化の中で置き去り感を感じさせてしまうのは、企業、ブランドにとって望まない印象を与えかねません。
言葉遣いも同様です。サラリーマン、セールスマンなど〇〇マンは、役割を男性に限定している印象を与えます。OL、女子アナ、女医は、その業界において女性が特殊な存在かのような印象を与えます。
ではすべての言葉を機械的に置き換えるべきなのか。ガイドラインはそれが目的ではなく、生活者にどう伝わるか、広告の目的に照らして必要な演出表現、言葉遣いなのかという視点を持つことが重要としています。
性的指向・性自認:当事者ではない多数派が決めつけない
企業にとっても、LGBTQ+をはじめとする多様な性のあり方に配慮したコミュニケーションが求められる場面は増えているのではないでしょうか。
私たちが重要だと考えているのは、性的マイノリティの方々を「特別な存在」として描かないことです。話題づくりのために登場させたり、必要以上に強調したりすることは、当事者を特別視する状況を生み出してしまいます。それは、DE&Iが目指す姿とは異なるものです。
また、異性愛だけを前提として家族や恋愛を描いていないかという視点も大切です。もちろん、すべての広告に多様な家族構成や人間関係、恋愛関係を描くべきだということではありません。
ただ、「夫婦だから男女」「恋人だから男女」という前提だけで企画を組み立てていないか。その設定が本当に必要なのか。一度立ち止まって考えてみることには意味があり、新たな気づきにつながることもあると思います。
言葉遣いについても注意が必要です。例えば「カミングアウト」や「アウティング」という言葉は日常的に使われることもありますが、特にアウティングは、本人の意思に反して性的指向や性自認を第三者に明かしてしまう行為を指します。当事者に深刻な影響を及ぼす場合もある非常に重い言葉です。安易な使用は、誰かを傷つけたり、無理解な印象を与えたりする可能性があります。言葉だけが一人歩きしないよう、その背景や意味を理解した上で使うことが大切です。
重要なのは、決めつけないことです。当事者ではない多数派が、「こう感じるだろう」「こう思うだろう」と想像することには限界があります。必要に応じて当事者の声を聞くことや、専門的な知見を参考にすることも含め、適切な表現を目指していくことが重要なのではないかと思います。
年齢:思い込みや決めつけになっていないか
広告では、人物像を分かりやすく伝えるために、若者、高齢者、子どもといった描写が用いられることがあります。問題となるのは、年齢によって能力や価値観を決めつけてしまうような表現です。
例えば、「若いから未熟」「高齢者だからITが苦手」「年配だから新しいことに挑戦しない」といった描き方は、社会に存在する固定観念を強めてしまう可能性があります。実際には、定年後に新しい仕事を始める人もいますし、デジタル技術を使いこなすシニア世代も珍しくありません。一方で、若い世代が高度な専門知識やマネジメント能力を発揮したり、スタートアップを立ち上げて成功したりすることもあります。年齢と能力は必ずしも一致するものではありません。
広告は限られた時間の中で分かりやすい人物像を描く必要があります。しかし、その分かりやすさが偏見や思い込みにつながっていないかを考えることも重要です。
例えば、「おじさんくさい」「おばさんくさい」「お局様」「ケツが青い」といった表現は、笑いや親しみを込めて使われることもあります。しかし、年齢を揶揄したり決めつけたりする言葉として、不快に感じる人もいるでしょう。
広告は幅広い生活者に向けて発信されるものだからこそ、誰かを笑いの対象にしていないかという視点も大切です。
また、子どもの描き方についても考える必要があります。子どもは可愛らしい存在であると同時に、一人の人格を持つ存在です。人権や尊厳を軽んじたり損なったりするような表現になっていないか、という視点も重要です。
職業:固定的・一面的に描いていないか
広告では、職業は人物像を分かりやすく伝えるためによく用いられます。一方で、職業を固定的・一面的に描いてしまうと、偏見や序列意識を助長する可能性があります。
例えば、「現場で働く人は粗暴」「営業職は強引」「派遣社員は責任感に欠ける」「ブルーカラーよりホワイトカラーの方が上」といった描き方です。
限られた枠や時間の中で人物像を伝えるため、典型的なイメージを使いたくなることもあると思います。しかし、現代では働き方も多様化しています。正社員だけでなく、契約社員、派遣社員、フリーランス、副業など、さまざまな働き方が存在しています。
分かりやすさを優先した表現や決めつけが、結果として誰かを傷つけたり、現実とのずれを生んだりしていないか。その表現は本当に妥当なのか。一度立ち止まって考えてみることが大切ではないでしょうか。
障がい・疾病:当事者の視点から考え、決めつけない
障がいのある方や病気を抱える方の生活は、自分自身の経験だけではなかなか理解できない部分があるのではないでしょうか。そのため、思い込みだけで表現をつくることは避けなければなりません。最も重要なのは、当事者の視点です。
ガイドラインでは、障がいのある方や病気を抱える方を「かわいそうな人」や「助けられる存在」として一方的に描かないことを挙げています。特別な存在としてではなく、一人の生活者、一人の働く人、一人の家族として描くことが、インクルーシブな表現やコミュニケーションにつながると考えています。
また、発達障害や精神障害など、外見からは分かりにくい障がいへの理解も重要です。障がいを外見的な特徴だけで表現してしまうと、かえって無理解につながる可能性があります。
さらに、「がんは治らない」「ハンセン病は伝染する」「精神疾患のある人は危険である」といった誤ったイメージを広げないことも重要です。広告は商品やサービスを伝えるだけでなく、社会の理解にも影響を与える存在だからです。
当事者の意見を尊重しながら、現実に即した表現を心がけることが求められます。
人種・民族・国・地域、文化・宗教・歴史:背景への理解と敬意を持つ
企業活動のグローバル化が進み、多様な生活者とのコミュニケーションが当たり前になった現在、人種や民族、国や地域への配慮はますます重要な視点になっています。
特に注意したいのが、ステレオタイプな描写です。人種や民族、地域ごとに固定的なイメージを当てはめたり、優劣を示唆したりするような表現は避ける必要があります。
また、海外向けの広告を制作する際、多様な人々を登場させること自体が目的になってしまうケースもあるかもしれません。しかし重要なのは、多様な人を並べることではなく、一人ひとりを自然な生活者として描くことです。多様性を演出として利用するのではなく、多様性が当たり前に存在する社会を自然に表現することが求められているのではないでしょうか。
さらに、文化や宗教、歴史への理解も欠かせません。広告ではさまざまな文化的モチーフやデザインが用いられますが、それらは創造性を高める重要な要素である一方、背景を理解せずに使用すると誤解や反発を招くことがあります。
例えば、宗教的なシンボルを単なるデザインとして扱ったり、民族衣装を奇抜な演出や賑やかしとして用いたり、歴史的な出来事を笑いの題材にしたりすることです。こうした表現は、その文化や宗教を大切にしている人々にとって、尊厳を傷つけるものとして受け取られる可能性があります。
近年は、カルチュラル・アプロプリエーション(文化の盗用)という考え方も広く知られるようになりました。しかし、文化的要素を取り入れてはいけないということではありません。重要なのは、その文化への敬意と理解です。背景を正しく理解し、適切な文脈で表現することができれば、文化同士の理解や交流を深め、多様な表現の広がりにもつながっていくと思います。その文化に関わる人々の視点を意識することも大切です。
グローバルに事業を展開する企業にとっては、日本国内では問題にならない表現が海外では大きな批判につながることもあります。人種や民族、文化、宗教、歴史といった視点は、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。
アクセシビリティ:より多くの人に情報を届けるために
アクセシビリティとは、できるだけ多くの人に情報が適切に届く状態を目指す考え方です。
例えば、動画に字幕を付けることで音声だけに頼らず情報を伝える、色だけで情報を区別せず文字や配色を工夫するなどの取り組みがあります。アクセシビリティは福祉のためだけのものではなく、より多くの生活者に価値を届けるための品質向上施策として捉えられています。広告の到達力や理解しやすさを高めることにもつながり、企業にとっても大きな価値のある取り組みだといえます。
私自身、所属する企業でこれらすべてを十分に考慮できているかと言われると、決してそうではありません。今回、ガイドラインの制作に関わる中で、こうした多様な視点があることに改めて気づかされました。
だからこそ、一つひとつの広告について、「この表現でよいのか」「自分とは異なる立場の人はどう受け止めるのか」「私たちはその判断を説明できるのか」と考えることが重要です。
これまでご紹介してきた内容に共通するのは、「決めつけない」ということです。